第四話 【名案!妙案!珍解答!】

多くの学生にとっては憂鬱であろう出来事が定期的に開催される


ある人曰くそれは拷問の方が優しいと言われるだとか


そう,それは学生の本分である勉学


それを試される行事


所謂テストというものだ


テストが近付くと一部の生徒はまるでこの世の終わりの様な表情を浮かべる


何故日頃からしっかりと復習をしないのか


…とは言ってもここ最近は私も学園外での活動,八咫烏の方の活動が忙しかったので復習をする時間がなかった


なのでこうして時間を見繕って教科書を読み返しているのだけど…


「この公式っつーのはなんだ?」


「馬鹿お前そりゃフレミングの法則だろ」


「フレミングって誰?」


「ほら…あの犬の」


「それフラミンゴだろ」


「ばーかフランダースだろ,きゅっとしてバコンだろ?」


「最近の算数は難しいんだな」


私は屋敷に自分の部屋を持っている訳だが今は諸事情で使用出来ない


端的に言うとワニ太郎が私の部屋でデスロールして散らかっている


その為大広間で勉強をしているのだがこうして組員達がその様子を見ながら使用していない教科書を手に取り馬鹿な会話を繰り広げている


そもそもフレミングの法則すら知らないとは…


「これは俺でも知ってるやつだ!確か等速直線運動ってやつだ!」


「おーおー懐かしいなこれ!昔はよくやったわ!」


そして馬鹿は何故かこうして語呂の良い単語はしっかりと覚える


「なになに…家に帰る…?って英語でなんて言うんだ?」


「ヤンキーゴーホーム?」


「おぉそれっぽい!」


あぁなんていうことだろう


黒雨会の組員よりも中学生の方が賢いんじゃないかとまで思ってしまう


会長として我ながら情けなく思えてきた


「お嬢!今からこのフラダンスの法則ってのを試してみませんか!」


「…貴方達,私は今勉強中なの,うるさくて集中が出来ないんだけど黙らせられたい?」


「「………押忍……」」


後ろでぎゃあぎゃあ騒がれてたんじゃ全くもって教科書の内容が頭に入ってこない


それも頭痛がしてきそうなほどの馬鹿な会話を聞かされる私の身にもなってほしい


「ほぅ…麗は勉強中か?感心感心」


「お父様…もう少し下の者に教養を身につけさせたらどうですか…?フレミングの法則すら知らないんですよ?」


「フレミング…フレミングの法則……」


「…….お父様?」


「おぉ思い出した!確か左手の小指を切り落として…」


「なるほどエンコ詰めの事だったんですね!」


「流石先代は物知りだ!」


「褒めても茶菓子くらいしか出んぞ?」


「つまりですよ?フレミングっての俺達自身の事な訳ですよ!」


「うぉぉぉー!フレミングー!!!」


あぁどうしよう


お父様までこんなに頭が悪いなんて思わなかった


お母様…何故この様な人をお好きになってしまったのか…


その頭の悪さには私ですら本日限りで霧雨という姓を名乗るのも嫌になってきた


何よりもだんだんとむしゃくしゃしてきた


こんな状態じゃ勉強すら出来ない


あぁそうだ


私にいい考えがある


「全員表出ろ」


結局この夜は馬鹿な組員達への教育という名のしばき合いで幕を閉じた


こんな事をしている暇はないのに…


テストは今日行われる


まだ復習だって全部終わっていないというのに…厄日だわ


「はぁ…今日はテストかぁ…」


「勉強してない人にとっては拷問よ拷問」


「私も今回のテストは不安だわ…」


「麗さんが…?珍しいわね,普段なら自信満々なのに」


「今回のテスト範囲の復習がまだ終わってなくてね…」


「復讐でもしてた?」


「何に対しての復讐よ」


「そりゃほら…なんだっけ…」


「考えてないならそんな事言わないでよ」


復讐…という言い方なら強ち間違いでもないのかも知れない


六年前の大厄災で私は母を失っている


その時の悲しみは今だって癒えてはいない


私の母は怪異に殺された


一時は復讐の為に怪異をこの手で何体も斬り捨ててきた


けれどそんな事をしても私の心の傷は癒えるどころか更に虚無に蝕まれていった


あの時…もしもあの時私に力があったのなら…とも考えた


けれどいくら過去の事を後悔しても何も変わらない


ましてや復讐に心を染める事もだ


この手に握る刃は人々を守る為のもの


それを復讐の為に振るう事は間違いだったと気がついた


今でも私はこの刃が本当に人々を守る為に振るわれているのか悩む事だってある


怪異とて人間と同じなんだ


生まれて必ず過ちを犯す


そしてその過ちは正す事が出来る


私は如何なる怪異が相手でもあろうともそれは変わらない理だと思っている


いずれは人間と怪異が共存する世の中を作りたい


けれどそれに共感してくれる怪異の数は少ない


だから私はこの手で刃を振るう


けどその刃に込められた想いは本当に人々を守る為?それとも母を殺した怪異を重ねているのか…


「おはようございます!」


「あら…おはよう河岡くん」


「おはよー河岡くん」


「おっはー河岡くん」


「……そのくん付けで呼ぶのやめません?」


彼もこのクラスの一員である河岡くん


そして皆が口を揃えて彼をくん付けで呼ぶのはその見た目の幼さからなのが一つの理由


身長130cm程の小柄で男性というよりは男の子という印象の方が強い


まるで中学生や小学生の様な見た目をしていても中身は高校三年生


その為彼はくん付けで呼ばれるのをあまり好んではいないらしい


そしてもう一つの理由があるのだが…それはこの学園の漫画研の影響である


「これでも僕はみんなと同じ年齢なんですよ?」


「えー?まだ毛が生えてなさそう」


「ハンバーグとか大喜びで食べてそう」


「肌もスベスベで羨ましいわよね」


「もう!そうやって僕をバカにするんですから!!」


ついついからかってしまいたくなるほど可愛らしいというかなんというか…


天は二物を与えずとは言うけれどそれは間違いなのかも知れない


「一物は与えるのにねー」


「勝手に心の中読まないでよ」


「それよりもテスト始まるまでに少しでも教科書読み直さなきゃ…あれ……数学の教科書がない…?」


「忘れたんじゃない?」


「うわしまった!机の上に置きっぱなしにしちゃった…ふぇぇ…」


「数学なら私は復習終わってるから貸してあげるわよ,はい」


「ありがとうございます麗さ……ん"?」


教科書を渡された彼の表情が引き攣る


一体何があったというのだろうか


と…ここで私が手渡した物に視線を戻す


やっべ


「……間違えたわ」


「間違えた?間違えた!?ちょっと待ってください!なんなんですかこれぇ!?」


私が間違って手渡したもの


それこそ先ほど言った二つ目の理由に他ならない


この学園の漫画研は少々頭のネジが外れている


それは何故か


学園の生徒をモデルとしたキャラを登場させる漫画を描いているからだ


しかも成人向け内容の


「ここここここれ!!これ僕じゃないですか!?なんですかこれぇ!?」


驚くのも無理はないだろう


何故なら彼,河岡くんはそのモデルとなった人物だ


しかも反応を見れば分かる通り無断で描かれている


そんな河岡くんがモデルの物語


[女性だらけの公安組織で男は僕一人!?危ない公安部隊!]


…というタイトルの成人向け漫画だ


それはもう人には言えない様な事が繰り広げられている


ちなみに私が先ほど渡そうとしてたのはその漫画の第五作目である女装スク水編である


「え!?本当になんですかこれ!?ぼ…僕が何で…!?僕何も聞いてないですよ!?」


「そりゃー…言ってないから聞いてないでしょー」


「そもそも本人が知ったらこうなるのが目に見えてるからね…」


「五作目!?他にもある!?しかも四冊も!?おかしいと思ったんですよ!!だって妙に僕の事を変な目で見てくる人やたまに隊員くんって呼んだりする人もいたんですから!!」


唯一の救いはこの漫画があくまでも学園内のみで販売されて一般的には外に出回っていない事だろう


けどどうやら最近はゲーム化のお誘いが来てるらしい


当然成人向けとしてだけど


「落ち着いて河岡くん,慌てるのも分かるわ」


「落ち着けないですよ!!僕はこんなにエッチじゃないです!それにほら!ここの部分とか全然違います!!僕こんなに大きくありません!!」


「「「!?!?」」」


どこがここまで大きくないかは想像にお任せしよう


「ふぇぇ…こんなのが知れ渡ってるなんて僕これからどうやって学生生活を送ればいいんですかぁ…」


「河岡くん…確かに貴方の驚きとショックは分かるわ…けどね…安心して」


「麗さん……?」


「貴方,しっかりと美味しそうだったから」


後に河岡くんはこの時の発言をこう語る


まるで目の前にコカインをキメた熊が現れたみたいだったと


「おらお前ら無駄な足掻きはやめてさっさとテスト準備しろー,赤点なんか取った奴がいたら赤色に染めてやるから覚悟しとけー」


何はともあれテストが開始される


普段通りの生徒


絶望した表情で配られる答案とにらめっこする生徒


自分のあられもない姿が漫画になっていた事を知って呆然としてる生徒


私も今回のテストは不安要素が残っている為油断は出来ない


カチカチと針を刻む時計の音と答案用紙へ書き込むペンの音だけが教室内で響いている


…いやそれは間違いだったかも知れない


時折ガサ…ガサとノイズの様な音が聞こえる


「おーーーいーーー?鈴原ぁ?先生言ったよなぁ?テスト中に飲食は禁止してるって何回も何回も言ったよなぁ?なんだぁこれは?クリームパンか?それもこれ最近流行りの専門店のいいやつじゃないかぁ?いいご身分だなぁえぇ?」


「頭使うと甘い物欲しくなるんすよ,先生いかがっすか?」


「はっはっは面白い奴だ,殺すのは最後にしてやる」


「それ嘘じゃないっすか!?」


「あぁそうだ,答案用紙渡せ,試験終了だ」


…何故わざわざテスト中に食べているんだろう


テストが始まる前に食べればいいのに


「榎本ぉ?なんなんだこの大量の消しゴムはー?」


「間違えた時に消す様ですよ,無くしたら大変なので予備を用意しました」


「そりゃ感心感心,確かに答えを間違えたら何にもならないからなぁ?テストってのは間違いは成功の母なんて文言を通用しないからなー?で?何でお前の消しゴムはこんなに文字が書き込まれてるんだ?」


「さぁー……やんちゃなお年頃なんじゃないですかね…きっと肌にお絵描きしたいお年頃なんですよ」


「そうかそうか確かに青春だもんなー?先生も昔は体にお絵描きしたいなぁとか考えたもんだ,そういうのよく分かるぞー?でもな,数学の公式を肌に書く馬鹿がどこにいる?お前も試験終了だ」


やはりと言うべきかテストに自信のない生徒はこうして不正行為を行うのが世の常である


消しゴムに解凍を書いておくという単純なものから机に書き込んだり,果ては学園の校庭に紙をぶら下げてそれを双眼鏡で見ている生徒も過去にはいたらしい


(ここの公式…なんだっけ…)


しまった


ここの公式は昨晩復習が間に合わなかった部分だ


思い出せない…


仕方ないここの場所は飛ばして次の問題へいこう


「試験時間残り半分だぞー,先生ちょっとトイレ行ってくるから間違っても不正行為に手を染めるんじゃないぞー」


ガラガラと教室の扉を開けて先生がいなくなった瞬間


それはもう生徒達が特殊部隊になったのかと思うくらい素早い手つきで各々が用意していた不正行為に手を染め始めた


机の中に潜ませた教科書


服の中へと隠していた携帯


教室の床に埋めた参考書などなど…


呆れるほどにこういう事に対して頭が回るならその労力を勉強に回せばいいのに


「騙されたな馬鹿共が」


教室の天井裏から突如姿を現す黒木先生


着地した姿も綺麗に決まっていた


まるで海外で有名な全身金属のヒーローみたいに


「速水,水沢,車谷,お前らも試験終了だ」


時折私は先生が不正をする生徒を炙り出して楽しんでいるんじゃないかと思う


それくらい先生はテストの時うっきうきだ


「お前らなー…先生がなんでこんなに不正に厳しいか分かってるかー?確かに教科書読めば答えは載ってるし社会に出ても必要ない知識だと思うだろー?先生も同感だ,じゃあなんで先生がこんなに不正に厳しいと思うー?」


まぁ勉強というのは知識というよりもそれを得て学ぶ事を覚えるのが目的であるからだ


不正をするのは簡単だ


しかしそれでは社会出てから苦労する事が多い


きっとそれを避ける為に黒木先生は私達の為に監視してくれているんだ


「先生が不正を監視するのはなぁー,俺が愉悦感に浸れるからだ」


だめだこの先生


真性のクズだった


「あーー…数学全然分からなかったー」


「今回難しかったよね…」


「私も一つ分からない公式があったわね…」


テストが終了して休み時間


この時間だけはひとときの安らぎとも言えるだろう


「わ……わわわ………あぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「…彼は何をしてるの?」


「自分がどんな姿で描かれてるか確認してるんだって」


「見なければいいのにねー」


「怖いもの見たさってやつでしょ」


「確かにうちの漫画研怖いもんね」


漫画研で作られている作品は何も河岡くんの作品だけでもない


腐女子御用達のBL本も存在している


しかも先生の


「さて次の試験は保健体育だよ,他の教科に比べたら範囲は狭いから期待してるよ」


と…噂をすればそのご本人様のご登場


保健体育の教師である白川先生は保健体育の実技という名目でとんでもない内容の本が作られている


美形なのも相まって一部の女子生徒には絶大な人気があったりする


その後もテストは続いていく


今回のテストは範囲が広いものもあってかなり難しい


午後に入り昼食を済ませた生徒達を襲うのは何もテストの難易度だけではない


「お昼寝とはいいご身分だなー?えぇー?テストは終わったのかー?もしもしー?聞こえてますかー?」


「うぁ…?夜ご飯ですか?」


「おーおー夜ご飯は何が食べたいんだ?ご飯にするか?お風呂にするか?混ぜて雑炊にするかぁぁあ?」


午後の授業の時もそうだけどこの眠気は耐え難い


きっとここまでの強い眠気は怪異の仕業によるものだろう


そうに違いない


この日のテストは色々とありながらも順調に進んでいった


けれど最後のテスト


誰も予想しなかった事件が起こったのであった


変わらず答案用紙に答えを書き込む生徒達


早くに終わった生徒は時間まで各々時間を過ごす


見直しをしたり寝たりなどその過ごし方は様々だ


とは言え頭髪のない先生の頭に向けて太陽光を反射させて光らせる遊びは関心はしないし現にバレて大目玉をくらってる


試験終了まで残り10分


あと少しでテストも終わりいつもの放課後が始まる


テストから解放された時の解放感を堪能出来るという訳だ


早くその時が来るのを皆が待っていた


しかし世の中には奇人というのは一定数存在している


何もない


何も起こらない筈の教室でそれは起こってしまった


耳を澄ませると外にはヘリの飛ぶ音が響いている


次第にそれは近付いて音が大きくなる


何の変哲もないいつもの風景


いつもの教室


「みんな伏せろぉぉぉぉぉぉ!!!!」


その声は静寂に満ちた教室内で一際大きく響き渡った


全員何が起こったのかを理解出来なかった


私は咄嗟に身構えた


あれだけの大声を上げるのは只事ではない


何か命を脅かす存在が現れたかの様な必死な声だった


まさかこの学園に怪異が出現したのか


ましてやここは教室内


私が正体を現して生徒を救う事は容易い


しかしそうなった場合私はもうこの学園にはいられないだろう


けれど私は守る為ならその犠牲を厭わない


既に覚悟は決まっているからだ


次の瞬間私の目に飛び込んできた光景は信じ難い事だった


とある男子生徒が宙を舞っている


非日常的な光景


しかしそれは第三者によって行われたものではない事が理解出来た


彼は自分から身体を宙へと浮かび上がらせたのだ


「あ…」


「あ…」


宙に浮いた身体はそのまま自由を失い教室の外へと飛び出していく


暫しの沈黙


そして外から聞こえるバッシャーンと水の中へと飛び込む音


「おぃぃぃぃぃぃぃい!!!何してんだぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


そりゃごもっとも


誰だっていきなり教室の窓から外へと飛び出せば驚くだとも


どうやら彼はテストが終わって暇な時間を思考遊びで過ごしていたらしい


所謂妄想というものだ


そんな彼が妄想していた事は私達なら誰しもが一度は想像したであろう事だった


もし自分の過ごしている学校へとテロリストがやってきたら…というものである


彼はどうやらそれを妄想していて本気になってしまったらしくついつい身体が動いてしまったと語る


とんだ人騒がせな事件だった


尚彼がその後校長室へと呼ばれた事は言うまでもない


「あー終わったー!」


「やっと解放されるわねー」


「さて…放課後はどうするの?部活動は今日はないわよね」


「そうねー…どこかカフェでも行くー?」


「ま…待ってください!お願いです麗さん!僕と一緒に漫画研の説得に行ってください!」


「あー…河岡くん…ごめんなさい私には出来ないわ…」


「どうしてですか!?」


「確かに貴方と一緒に漫画研にカチコミしにいって止める事は容易だけど…あの作品には多くのファンがいる…そして私はこの作品を読ませたい人がいるの」


「読ませたい人…?」


「…私の憧れる人…かしら,歳は私より下だけど彼女は私にはないものを持っている,そして彼女の目指しているもの…それは私にとっても夢の話,そんな彼女にもこの作品の良さを知ってもらいたい,だからごめんなさい,協力は出来なーーー」


「大ニュース大ニュース!!新作出るって!!第六作目が出るよぉぉぉぉ!!しかも今回バリッバリニに気合い入ってる作品で【潜入!女性隊員の私生活!気付かれ拉致られ耐えきれない程の甘い罰!】だって!」


「「「なんですって!?」」」


新作がこんなにも早く!?


こうしてはいられない


何が何でも手に入れなければならない


「そういう事だから河岡くんこれからも頑張って!」


「早く早く!売り切れちゃう!」


「安心して,殺してでも手に入れるわ」


ガックリと膝をつく河岡くんを後にしながら私達は向かう


それは戦場と呼ぶに相応しい場所


漫画研の新作発表があると毎回校内の女子生徒や一部の男子生徒が廊下をまるでアスリートの様に走る光景が広がる


そして案の定それを許す先生達ではない


まず買えるかどうかは先生達の静止を振り切るところからだ


「しまっ!?麗さん!楓さん!あとは任せた!」


「貴女の分まで買ってくるから安心して!えっと……」


「佳代ですぅぅぅぅぅぅ!!」


捕まった仲間を助ける余裕なんてない


刻一刻と完売までの時間は迫っている


行手を遮る先生達を


私達と同じく販売場所まで向かう生徒達を


味方なんていない


全員が敵だ


そして私は何が何でもこの戦いに負ける訳にはいかない


「麗さん何を!?」


「近道!間に合ったら買っといてあげる!」


窓から飛び出し一気に一階へと降りる


普通だったら大怪我をしてしまうけれど私にそんな心配はない


もしかしたら私はこの時の為に八咫烏の隊員として訓練を行ってきたのかも知れない


………いやそれはないか


「間に合った…!」


「はーい新作はこちらですよー!何冊ですかー?」


「えっと私のが二冊と…友達のが二冊…あとはあの人の分で…五冊頂戴」


「毎度あり〜」


かくしてこの戦いを制して無事に目的の品物を購入する事が出来た


ほくほくの表情で学園からの帰宅へと向かう途中廊下には大勢の生徒達が正座をさせられていた


そりゃ廊下をあんな全力疾走したのを捕まったのだから罰もあるだろう


これはこの黒神学園の七不思議に数えられる一つで生徒達が爆走する様子からクロックアップ現象と呼ばれているらしい


「はい貴女のぶん,じゃあ私は先に帰って新作を読ませて貰うわね」


「ありがと〜麗さん〜」


自宅へ辿り着き散らかった部屋を掃除する


どうやら私が留守の間もワニ太郎は暴れていた様で部屋の中がめちゃくちゃだ


けれどこれは仕方ない事と割り切り部屋をせっせと掃除する


とりあえず掃除の邪魔だからワニ太郎は外にでも放り出しておこう


そして遂に訪れる至福の時


この時間は誰にも邪魔をさせない


「お嬢,先日の件がーーー」


「殺されたくなかったら扉を閉めなさい」


「………ハイ」


私にだって人には言えない趣味もある


それは当然知られたくない事だ


だからこうして最善を尽くして私のこの趣味は徹底的なまでに隠している


ページが一枚,また一枚と捲られていく


ページが捲られる度に私の脳内には快楽物質が生成されて天にも昇る気分になる


この瞬間が続けばいい


けれど物語はやがて幕を閉じるのが常である


読み終えた私は深呼吸を行う


そして目を開いてこう呟いた


「やっぱり…最高ね」


…さて,先程私は五冊の本を購入した


その内の二冊は自分用,更に二冊は友達の分


では残りの一冊は誰の元へといくのか


「お疲れ様です隊長,今よろしいですか?」


『お疲れ様です麗さん,どうしましたか?』


「先日話した件の再確認です,明日からニ日間都内を離れて京都へと向かいますので」


『修学旅行でしたね,こちらでも問題ないので是非楽しんできてくださいね』


「お土産は何がいいですか?」


『いえいえそんな悪いですよ…麗さんの心遣いだけでも十分ですから』


「…何か甘い物でも買ってきますね,それと隊長,良いお知らせがあります」


『良いお知らせ?』


「前に話してた本の件です,新作が手に入りました」


『え!?あ!?……あの時の…まさか本当に…』


「隊長の分も確保しておきましたよ」


『えっ!?私そこまで頼んだ覚えは…………この事は……』


「私達だけの秘密…ですよね,当然分かっていますよ」


『ありがとうございます…!』


と…最後の一冊は私達八咫烏の隊長である神山アイリの分という訳だ


前々から同じ趣味を持つ人を増やしたかったところだ


隊長ならこの本の良さを分かってくれるだろう


この事は私と隊長二人だけの秘密


ちょっとした特別な関係だ


「麗ぃぃぃぃぃぃぃぃい!!ワニが!!私の夕食をぉぉぉぉぉぉお!!!」


「…さて,出掛ける前に少し躾をしないとね」


相変わらずワニ太郎はお行儀が悪い


今日一日はテストで座りっぱなしだったから少し体を動かすのも良いかも知れない


けどあまり無茶はしない様にしないとね


明日からは修学旅行なのだから


-To be continued-

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麗う世界のーーー。 狼谷 恋 @Kamiya_Len

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