かこめ。かこめ。
sorarion914
後ろの正面……
手を引かれて歩く小さな男の子が、私の目をじっと見ていた。
8月の昼下がり。
うだるような暑さの中、私は交差点に佇んでいた。
信号待ちの最中、母親に手を引かれていたその子は、麦わら帽子を被って、背中には小さな紺色のリュックを背負っていた。
これから母親とどこかへお出かけだろうか?
夏休みでも、自分が所属している吹奏楽部では毎日のようにクラブ活動がある。
(いいね。どこにおでかけ?)
私は微笑ましくなって、小さく笑いかけた。
すると男の子は、スーッと片方の手を伸ばして指を差し、「もっこ」と呟いた。
「え?」
私が思わず聞き返すと同時に、歩行者信号が青に変わって、母親が歩き出す。
男の子は母親に手を引かれたまま、指差しながら、「もっこ」と呟き———
そのまま行ってしまった。
「―――」
私はしばらくその場に佇んだまま、首を傾げていると、ふいに背後で悲鳴が上がった。
振り向くと、お腹の大きな女性が苦しそうに
周囲にいた人たちが驚いて女性に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「大変!誰か救急車!」
私も慌てて駆け寄ると、スマホを取り出した。
「救急車呼びます!」
程なくして救急車がやってくると、妊婦を乗せて走り去っていった。
「大丈夫だったかしら?」
「この暑さにやられたんだろう」
私は持っていた楽器と鞄を抱えると、部活に遅れた言い訳を必死に考えていた。
「お腹の子、無事だといいけど……」
誰かがそう呟くのを聞いて、私は走り去っていく救急車を見た。
その1年後。
学校帰りに友人と楽器店に寄り、近くのファミレスでおしゃべりをしていると、向かいの席にいた小さな女の子が、じっと私の顔を見ていることに気がついた。
(……?)
友人としゃべりながらも、何となく女の子の視線が気になり目を向ける。
すると、女の子がスーッと指を差し向けてきた。
「……」
私は思わず息を飲んだ。そして気になり、慌てて背後を振り返った。
「どうしたの?」
友人が不思議そうに尋ねてくる。
私の背後の席には、1人の妊婦が座っていた。
私はすぐに視線を前方に戻した。
女の子は母親に促されたながら席を立つところだった。
私の視線に気づいて、女の子の口元が僅かに動く。
母親に手を引かれながら、指差して呟く。
「もっこ」―――と。
「―――」
呆然としている私を尻目に、友人が慌てた様に席を立った。
「ねぇあの人苦しそう」
「え?」
気が付くと、妊婦がテーブルに突っ伏して、苦しそうに呻いている。異変を感じた周囲の人が店の人間を呼んだ。
救急隊が駆けつけて運ばれていく。
その様子に、私は小さく呟いた。
「まただ……」
――それから7年。
あの出来事など、奇麗に忘れていた頃。
私は友人とベビーグッズの店に来ていた。
4月に結婚した友人は、来月出産を控えている。
「先を越されちゃったな」
私がそう言うと、友人は「アンタのところもすぐ出来るわよ。うちより仲いいんだから」と憎まれ口をたたきながらも、幸せいっぱいの笑みを浮かべた。
「お祝いで欲しい物言ってよ。やっぱり洋服?」
それとも、消耗品の方が実用的でいいかな?と言いながら、売り場を見て歩く。
すると、売り場の通路に男の子が1人、立ってじっとこちらを見ていた。
私は思わず立ち止まった。
「ねぇこれ見て。かわいい」
背後で友人がそう言ってるが、私の視線は男の子から離れない。
――嫌な胸騒ぎがした。
久しく忘れていた、あの感覚。
男の子の腕がスーッと伸びて、こちらを指差す。
その口が、微かに動く。
もっこ―――と。
「……やめて……」
私は何故だかそう呟くと、慌てて背後を振り返った。
友人が床に蹲っている。お腹を押さえて眉間を寄せていた。
「やめて!お願い!」
そう叫んで振り向くが———
男の子の姿は、もうなかった。
* * * * * * *
「予定日はいつなの?」
そう聞かれて私は答える。
「今週中には」
「そう」
義理の母はそう言うと、私の顔を見て安心した様に笑った。
「切迫早産と聞いて驚いたけど、ここまでくればもう大丈夫ね。きっと元気な子が生まれてくるわ」
「……」
私は笑っただけで、何も答えなかった。
きっと元気な子が生まれてくる―――そう信じたい。
病室のベッドの上で、半身を起こしたまま、私はじっと自分を取り囲む子供たちを見つめた。
子供たちは笑っている。
ニコニコ、ニコニコ。
もう誰も指差すことはない。
手を繋いで私を囲みながら、歌う。
かこめ。
かこめ。
かこめ。
かこめ――――……
……END
かこめ。かこめ。 sorarion914 @hi-rose
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