第22話 楽しく過ごします。
王の激昂は言葉では言い表せない。長年毒を飲まされていた王は体だけでなく精神も弱っていたため、告発後ショックで寝込んでしまうほどだった。
王妃派の麻薬中毒の件が発覚してから、王太子殿下が王が口にするもの全てを調査し、王の薬に毒や幻覚剤が混ざっていることに気付き、解毒を行い始めたのがつい最近のこと。
判断力も鈍っていた王に、国家の危機とも言える事件であることを示唆し、あらましを伝えてはいたが、納得してもらえなかった。
そのため、王太子殿下とラファエウは当事者や関係者の前で討議すれば一層反応が分かりやすいだろうと提案し、聴衆の前で告発することを計画した。
失敗すれば王太子の座を第二王子のバスチアンに譲るという条件を出し、王に場を開くことを許してもらったのだ。
「ワインで祝おうとするなんて、随分と思い切ったことをされましたね」
「王に反応を見てもらうには、丁度良いものだったからな」
ラファエウは照れたように頬をかく。ワインを飲ませることにしたのは、関わりのある者を炙り出すのにとっておきの方法だったからだ。
口にすれば欲したくなるようなワインと言われれば、知っている者ならば何のワインか想像する。
「まさか会場にいた全員に飲ませるとは思わないだろうが、それでも飲もうという気にならないのが心情だろう。ロスウェル卿や第二夫人だけでなく、他にも数人がワインを口にしていなかった」
もちろん、酒が得意でない人もいるので一概には言えないが、顔色を変えて飲むふりをしていた者は何人かいた。それらの人々については、今回の事件に関わっているかどうか調査される。
「結局、バスチアン王子はバラデュール公爵の息子で間違いないんですか?」
オスカーは一番疑問に思っていただろう、事を口にした。
第二夫人と王弟の不義密通はバスチアン第二王子の出生を曖昧にした。不義が事実となれば王位継承権第二位は剥奪される。
「バラデュール公爵夫人が亡くなった後、二人が会う機会は少なかったようだが、逢瀬を重ねるようになったのはここ数年のことで、公爵が王宮に訪れる時は必ず会っていたようだ」
バラデュール公爵は早くに夫人を亡くしている。その頃に不義はなかったようだが、亡くなってから独り身を続けているので、いつ頃が始まりなのかは正確には分かっていない。
「では、シャルロット王女は……?」
「そうではないと言いたいが、王は信じないだろうな」
シャルロット王女が生まれた頃、バラデュール公爵夫人は生きていた。時期的に難しいためその可能性はかなり低い。だが、王は出生を疑うだろう。
「バラデュール公爵は第二夫人が子を孕んだと聞いた時に、子に王位継承権を持たせるべきだと囁かれたそうだ。その気になったのは、王が病であることと、王子が生まれたからだと証言している」
「ちょっと待ってください。王子が生まれてから、バラデュール公爵は王位継承権を子供にと思ったということですか?」
私の問いにラファエウは頷く。しかし、それでは王の病の時期と合わないのではないだろうか。
ラファエウは私の疑問が分かっていると、ため息混じりだ。
「第二夫人は前々から王を弑する気で、それを実行していた。王が病になり始めてから、バラデュール公爵と通じたということだ」
「ど、どういうことですか……?」
オスカーは困惑顔だ。私も頭が痛くなってくる。第二夫人の思惑はひどく独りよがりなものだからだ。
「初めから王も王太子殿下も殺すつもりだったのでしょう。そうすれば王妃派を一掃できるわ。バラデュール公爵は元々権力に興味の無い方だけれど、その方をそそのかして王にするだけで第二夫人は良かったのよ。自分の言うことを聞くバラデュール公爵が王となれば、シャルロット王女に継承権を持たせることもできるのだから」
この国は女性に継承権はないが、血を継ぐ者がいなければ女王になれる。バラデュール公爵は独り身で、第二夫人と通じていたのならば、彼女に有利だろう。
「では、バラデュール公爵は利用されていたと……?」
「そうだろうな。王位継承権を持つバラデュール公爵を仲間に引き入れておけば、第二夫人はそれで良かったんだ。それだけでも良かったのに、そこで王子を産んだのだから、第二夫人は大喜びだっただろう」
「魔性すぎませんか……」
オスカーが呆れ声を出す。
たまたま男の子だったから思い立ったわけではなく、初めから王を殺し、自分の子供を王に仕立てるつもりだった。それはシャルロット王女でも良かったのである。
バラデュール公爵は第二夫人に陥落した。そこでバスチアン王子が生まれた。あとは王を殺し、王太子殿下を殺せば終わり。この国の中心になるのは第二夫人である。
「ええ~っ、義兄上の妻にする気はなかったってことですか?」
「シャルロット王女がラファエウに嫁いだとしても、バラデュール公爵に子がいないとなれば、王女に引き継がれるもの、関係ないわ。その場合、ラファエウが王配になるでしょうけれど、そもそも侯爵家に嫁いできた時点でラファエウの王妃派は抑えられるでしょう」
私がそれを言うと、ラファエウは目元をひくひくさせ、ひどい嫌悪感を見せた。
「第二夫人は王と夜を共にするたびに毒を盛っていたそうだ。医師さえ見抜けぬ少量の毒だ。殺すには時間が掛かるが、暗殺されたとは気付かれない」
その間に第二夫人は仲間を増やすことに専念した。反王妃派を集め、王妃派を陥れて王太子殿下共々王宮から退かせるためである。
「オドラン男爵は第二夫人の美貌に惑わされ、自身が薬物中毒にされるとは思わず、ロスウェル卿の言うことを聞いていた。ロスウェル卿は武器などを扱う商人だから、薬を手に入れるのも簡単だっただろう」
武器を集めていたのは売買のためだけではなく、もしものための準備だったようだ。
王の暗殺を目論んだ王妃と王太子殿下というレッテルを張っても、王妃派全てを終わらせるのは難しいと考えていたか、武器も用意していた。
「王太子殿下を反逆者として討伐しなければならなくなることも考えていたようだ」
「王妃派が抵抗した場合、反逆罪に問うつもりだったってことですか。用意周到すぎませんか!?」
オスカーの言う通り、とても長い計画だったのだろう。
第二夫人となった時点で、自分がどうやってこの国の上に立つかを考えていたように思う。
「ゴドルフィン侯爵の罪はどうなるのでしょう?」
「そうですよ! あの男の罪は! 父上を殺した罪は!? ゴドルフィン侯爵の関わりは分からないままなんですか!?」
オスカーが沈鬱な面持ちで組んでいた手を握りしめた。
私もそれが気になっていた。ゴドルフィン侯爵は第二夫人の手となりロスウェル卿やオドラン男爵に命ずる立場だった。しかし、私の実の父親を殺したという証拠は出ていない。
「まだ証言が出ていないだけだ。必ずその罪も明らかにする!」
ラファエウは顔に悔恨の表情を浮かべたが、全てをつまびらかにさせると意気込んだ。
余罪を全て確かめるにはまだ時間が掛かるだろう。それによって第二夫人派は一掃されるはずだ。
オスカーはとりあえず一安心だと大きな息をつく。父親が殺された可能性もあって、しばらく緊張が続いただろう。母親もオスカーの奥様もこれでゆっくりできるのではないだろうか。
「おばたまー」
「お食事はいかがされますか? もう日も暮れてまいりましたが」
話も終わりゆっくりしていると、オスカーの奥様と子供がやってきた。線の細いオスカーの奥様は、よちよち歩きの子供、アベルと手を繋いでいて、なんとも可愛らしい。
私と同じアンバーの瞳を持ったアベルは、私を見付けると短い足で近付いてくる。
「今日はもう帰ります。オスカーも疲れているでしょうから。元気な顔を見れて良かったわ」
「そうですか。またいらしてください。お義姉様たちがいらっしゃるとアベルがご機嫌なんですよ」
そのアベルは私の元までやってくると、膝に乗ろうと手を突いてくる。私は可愛らしさに抱っこをして膝に乗せた。
ふわふわの薄い赤金色の髪をなでると、真似するかのように私のお腹をさする。
「いーこね、アベル。また会いましょうね」
「いーこ、いーこ」
甥っ子にめろめろな私は目尻が下がりっぱなしだ。だがお互い疲れているので長居は禁物である。
オスカーたちや母親に別れを告げて、私とラファエウは馬車に乗った。
「もう少しゆっくりしていっても良かったのではないのか?」
「また来られますから、大丈夫ですよ。オスカーもやっと落ち着いて、気も軽くなったでしょう。お母様が私の心配をして会いたがっていたから、顔を見せに行っただけですから」
王宮で大事件があったと耳にして、母親は私に会いたがった。無事な顔を見せるために無理にやってきたので、ラファエウも疲れているはずだ。
私はそう思いながらも、小さくあくびをする。
「エラ、大丈夫か? 少し寝たらどうだろう」
「そうですね————」
「エラ?」
「いえ、そうですね。少し疲れたのかもしれません。元気だけが取り柄なのに。そういえば、最近少し……」
私は先ほどアベルになでられたお腹をさする。
「ラファ、もしかしたら、旅行に行こうという話は、当分先になるかもしれません」
「えっ!? なんでだ!? どこか悪いのか!? 体調がおかしいのか!!??」
ラファエウの焦り声に私は笑顔で返し、うふふ。と笑っておく。
「か、帰ったらすぐに医者を呼ぶ!!」
「そうですね」
「そんなにひどいのか!?」
「さあ、どうかしら」
「今日は早く寝た方が!!」
馬車の中でうろたえる夫を愛しく思いながら、私は麗らかな気分で眺めた。
きっと、これから屋敷は賑やかになるだろう。開いた窓から笑い声のする、明るい屋敷になるはずだ。
記憶は戻りませんが、私は人生楽しく過ごしております。
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。 MIRICO @MIRICO
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