第21話 付き合いきれません。

「王女を陥れる必要など、わたくしにはございません。わたくしはすでにラファエウの妻であり伴侶であります。なぜ、夫が一ミリも興味を持っていない王女様に、わたくしから手を出す必要があるのでしょうか。確かに、夫は王女様からの恋慕に無視を続け、それでも一方的な入れ込みに困り果てておりました」


「なっ、なんですって!?」


「ですが、だからといって王女様を陥れるような真似をする必要はございません。わたくしたち夫婦は円満で、横恋慕に動ずる隙もなければ、相手にする意味もございませんので」


 私のにっこり笑顔にシャルロット王女がわなわなと震えて、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にした。聴衆の中から笑いを我慢できず吹き出すのが聞こえると、王女が羞恥に噛み付かんばかりの鋭い眼光を向けてきたが、私はガン無視である。


「その騎士の男は、馬車に乗っていたわたくしを襲った者たちの一人です。わたくしは襲撃を既に警戒しておりましたので、お誘いいただいたお茶会に慎重に参加するつもりでした。その上で、道途中襲われ、戦いになったのです。多くの騎士を配備し、屋敷にいるラファエウに素早く知らせを送ることによって、襲撃に対処することができました。その時捕えたこの騎士は王女様の我儘に付き合い、わたくしを狙ったことを白状しております。証言を聞かれてはいかがでしょうか」


 私は持ってきていた王女からの茶会の招待状をラファエウに渡す。ラファエウは頬を紅潮させつつも複雑そうな顔をして王に招待状を渡した。


「う、嘘よ!! お父様! そんな女の言うことを聞かないでください! あまりにも失礼ですわ! 私に恥をかかせようとして、私を馬鹿にするだなんて!!」


 私は事実を述べただけである。シャルロット王女の言葉は聞く必要もないと、王の不機嫌な厳しい睨みに動じることなく、にこやかな笑みを返しておいた。


 王女の護衛騎士は唇を噛み締めたまま王の言葉を待っている。発言を許されると絞り出すような声を出して、王女からの命令を口にした。


「シャルロット王女は、ロスウェル卿とマルレーヌ第二夫人の陰謀により、ハーマヒュール侯爵夫人が街中で襲われ無事だったことを耳にしました。それで、ロスウェル卿にもう一度侯爵夫人を狙うよう命令したのです。しかし、ロスウェル卿は同じ手で狙うことは難しいため、茶会の招待をし、物取りに襲われたように見せかけて殺せば良いと提案したのです」

「よくも、そんな嘘を……。お前たちは、私たち親子を陥れる気なのね……!」


 途端、第二夫人が嘆き始めた。シャルロット王女と違い涙を流しながら悲しみに暮れる姿を見せるあたり、演技派である。力無く泣き崩れると、嗚咽を漏らした。


 王女の護衛騎士によると、第二夫人の命令でロスウェル卿がオドラン男爵を街中に放ったらしい。その失敗をシャルロット王女が盗み聞きをし、ロスウェル卿に再び私を狙うよう依頼したのだ。

 しかし、麻薬中毒の人間を何度も使えばさすがに気付かれると考えたか、ロスウェル卿はシャルロット王女を丸め込んで自分で襲うように誘導したのだ。護衛騎士はその提案を止めたのだが、私が襲われたことによりシャルロット王女のたがが外れたか、暴走は止まらず襲撃が決行された。


「頭が痛い。よくもまあ、次から次へと、問題が出てくるものだ」


 王は額を抑えてうんざりと息を吐く。

 シャルロット王女は王の膝下で縋っていたが、冷えた視線を向けられて体をすくめた。


「まだ、他にも告発者はおります」


 いつの間にか現れたミカエル王太子殿下が王の前にやってくると、膝を突いてかしこまった。

 王太子殿下が現れても王は何も言わずに彼を見下ろした。王妃と同じく謹慎しているのかと思われたが、そういうわけではなかったらしい。


「今度は何の話だ。疲労が溜まってかなわん。お前たちの言い分のためにこの場を開いたが、聞いていた以上に話が多いな」

「あと一件になります。どうぞこちらを」


 ラファエウと王太子殿下がこの会を開いたのか。皆がまだ告発があるのかとお互いの顔を見合わせた。二人が共謀し、王に告発するために聴衆を集めたのだ。この結果によっては王妃派、第二夫人派のどちらかが罪に問われるのだと分かり、皆はシンと静まる。


 王太子殿下は頭を下げたまま手紙を王に渡す。王はそれを軽く眺めると、途端眉間を寄せて目を吊り上げた。


「証人をここへ」


 合図と共に連れてこられたのは一人の女性だ。女性は三十代半ばほどで侍女らしき服装をしていた。疲労が見えるほど顔色が悪く、頭の後ろで結んでいた髪はひどく乱れていた。捕えられていたのだろう。

 王の近くまで歩いてくると、側にいる第二夫人とバラデュール公爵に気付くなりすぐに視線を床に逸らし、崩れるように膝を突いた。

 シャルロット王女は誰か分からずに眉をひそめていたが、第二夫人とバラデュール公爵が愕然とした顔をして表情に影を走らせた。


「王もご存じの、王の侍女をしている者です」


 女性は手を震わせながら、持っていた小さな袋を前に出す。それをラファエウが拾い、再び王に見せた。


「これは、私が飲む薬だな。夜になれば飲む薬だ。これが何だと言う」

「説明を」

「わ、私は、時折、王への薬に別の粉を混ぜて飲ますようにと、マルレーヌ様に命じられて行っておりました」

「そんな、私がなぜそのような真似をしなければならないの!?」


 先ほどまで嗚咽を漏らしていた第二夫人が、ふるふると否定するように頭を振った。しかし、王はその様を見ることもせずに、持っていた手紙を握りしめると続きを話すように促す。


「マルレーヌ様より、必ず王に飲ませるようにと命じられ、薬に渡された粉を混ぜておりました。王がマルレーヌ様のお部屋に訪れる時には、二種類の粉を混ぜ、お出ししておりました」

「何のためだ?」

「そ、それは……」


 王太子殿下の問いに、女性はちらりと第二夫人を見遣る。第二夫人は唇を噛み切りそうなほど強く噛みしめて顔を歪めた。


「王の睡眠が深くなり、お休みになっている間部屋を出ても気付かれないようにするためです。王がマルレーヌ様のお部屋でお休みになっている間、マルレーヌ様は別の部屋に移動しておりました」


 女性がそう言った瞬間、王が第二夫人に持っていた手紙を投げ付けた。

 第二夫人は一瞬悲鳴を上げたが、その手紙を見てさっと顔色を変えた。隣で立ち尽くしていたバラデュール公爵も同じだ。


「王の飲んでいた薬の中には二種類の粉が混ぜられておりました。一つは毒。少量であればその時には気付かない、弱い毒です。ただ、飲み続ければ体力を失い内臓を弱らせる効果があります。もう一つは幻覚剤。元々飲まれている薬にその薬を混ぜると、深い眠気に襲われ、前後の記憶が曖昧になります」


 王太子殿下が付け足して説明すると、王はぶるぶると体を振るわせ、顔を真っ赤にさせた。


「マルレーヌ。よくも私を裏切り、毒殺しようとしたな!!」


 王の発言に広間の人々が大きくざわめいた。第二夫人にいきり立った王は興奮で立ち上がる。


「私は、何もしておりません。私が王を弑するなどと、そのような恐ろしい真似など!」

「まだ言うか!!」


 手にあった杖を床に叩きつけ、王は激昂した。あまりの怒りに血が上りすぎたか、くらりと傾ぎ、椅子に座り込む。騒ぎに紛れ現れていた王妃が、王の側に寄り添い第二夫人を睨み付けた。


「その手紙には、第二夫人とバラデュール公爵の密通が書かれている。既に証拠は揃っている。無駄な反論はやめるんだな」

「何のことだ!? 兄上、私を陥れるために呼んだのですか!? 第二夫人と密通などと、馬鹿馬鹿しい!」


 今度はバラデュール公爵が否定をする。バラデュール公爵は王に信じないように諫言した。


「黙れ!! このしれ者が!!」

「なぜ、私を疑うのですか、兄上! 私は存じません!!」

「よくもそんなことが言えたな!!」


 王はバラデュール公爵に気色ばむと、息をするのを忘れたかのように咳き込んだ。王妃がその背中をなでてやり、側にいたシャルロット王女を睨み付け、第二夫人に視線を合わせる。

 第二夫人は口惜しそうな顔をしていたが、バラデュール公爵は蒼白だ。


「バスチアンの父親が誰か分からなくなった。お前であればそう顔も変わらぬだろうな! 王に成り代わるつもりだったか!?」


 言いながら、シャルロット王女に視線を向ける。


「お前もだ、シャルロット! 恥ずかしくて涙が出てくるわ! 愚か者め! 幼い頃は侯爵に想いを寄せようが自由にさせていたが、夫人がいる今話は別だ! それくらいの分別もできず、夫人を襲うだと!? 短絡で愚かにも程がある!! 全員連れていけ!! 牢屋で沙汰を待つがいい!!」

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