第31話 楽しさ


 伝わる振動と息遣いで、登るのに多少難儀していると伝わった。それでもあまり時間は掛からない様子で後ろに着く。

「大丈夫です。乗れました。でも合っているか分かりません」

「俺と同じ様に座れば良いよ。バッグは邪魔になってないか?」

「掴むのに丁度良いです」

「そうか。転けると危ないみたいだから、本来は前の人と繋がらない所を持った方が良いんだと」

「それだと仲介出来ません」

「ならしょうがないな。上手く触れるか?」

「抱き付けばギリギリ届きます」


 そんな会話を挟んでエリオルベルの指先が脇の辺りに触れた。やっぱり荷物の位置が悪い気もするけど、今更変えるのも面倒だな。エリオルベルには少し我慢してもらおう。少しがどれだけの時間になるかは知らないけど。

「エリオルベル。道はこのまま左を真っ直ぐか?」

「はい。ずっとずっと真っ直ぐです」

「了解」

 俺はそう言ってからハンドルを握る。心持ちとしては妙にワクワクしているのだが、これはエルフの記憶を覗いた故の弊害なんだろうか。

 副産物と考えるのか副作用と取るのかは疑問だけど、今までに溜まったストレスの解消には良さそうだ。

 

 ハンドルへと魔力を流して、このバイクと呼ばれる走行車の車輪が唸った。

 後輪が砂を蹴破るままにバイクは走り出し、暑い熱気をもたらしていた空気が風となって肌を伝う。記憶で見たままの2度目の体験だった。

 良い感じだ! やっぱり楽しいぞこれ! 頂いて正解だったな!。

 体の使い方も問題なく履修済みなので、道中の凹凸や坂道もスムーズに走破出来る。跳ね上がる度にエリオルベルから「ヒャ」と言った声がするが何れ慣れるだろう。

「イヤッホー!」

 俺はそう声を上げる。エルフ達が楽器を鳴らす気持ちが分かった。


「エリオルベル!」

「はい?」

 暫く走り、エリオルベルの声が聞こえなくなった辺りでそう声を掛けた。

「さっきエルフが急に倒れたのはなんだったんだ? 魔法か?」

「言えな……くないです。頭に魔力をいっぱい送りました。破裂するギリギリまで」

「人体への送付は無理だろう!」

「…………」

 エリオルベルからの声が途絶えた。言えない事だ。いつもの事だから気にしていられない。


 一口に魔力とは言っても、その性質は微妙に個人個人で異なる物だ。間にスキルやら魔法やらで咬ませれば出来ない事もないが。直接となると普通は送付された相手に染み込まず霧散する。

 火に水を与えて燃焼させられるのか。否。微妙な差異でも現実的にはこの例の如く大きく存在する。

 だからこそエリオルベルの語った方式に疑問が湧くのだが、恐らくその送付を受けている俺がバイクを問題無く動作させている。

 この矛盾が気になりはするけど、まぁいっか。これが楽しいし、理解出来ない事を考え続けるのは馬鹿のやる事だ。

 俺はその考えを頭の中から消し去って、今目の前の起きている事に注力する。


 欲を出すのであれば景色にも変化が欲しい。一体何処までこの砂原は続いているのだろうか。

 結構な距離を進んでも尚、その地平線の彼方には切り出すもの以外に見当たらない。

「さっきのエルフさん達。また私達を襲いますか?」

 エリオルベルが話しかけて来た。

「彼奴等かなり怖がってたから暫くは寄ってこないだろうな。陰明の魔法があるから、この砂漠に長居するのなら仕返しに来ない保証は無いが」

「次は逃しちゃ駄目ですね」

 長居するんだろうなと案に示していた。ならさっさと武器を調達して備えないとな。この一色に染まり切った中で見つかるとも思えないけど。


「あのエルフ達も一体何があったのやら。追い剥ぎなんて……品の無い口調といい、あまりにも似つかわしく無い」

 エルフは植物の生育に関しても長けているから、通常何処に住まおうと食い物には困らない筈だ。でもこの砂漠では育つ草木が恐らく限られている。そもそも農地を興せないとなると色々と難しい。

 食っていけない、襲わなければ飢え死にする。そうなれば追い剥ぎなんてものに身を落とすのも理解は出来る。

 彼等もまた生きるか死ぬかの瀬戸際にあっての事と考えてみたが、ただ、それにしては話す内容や状況に引っ掛かりを覚える。


 そもそも相互不干渉協定があるのだから国を跨いで移動するのは困難。特にあの有様なエルフが特権を持つ事も考え難い。

 密入国者の持つ装備とも思えない。特にこんなバイクを引っ提げて移動するのは、いくら陰明の魔法があるからって完全に隠し通せるレベルではない。

 だとするならこの地域はエルフ管轄の領地という事に繋がる。でも北方は森林や山岳で構成される自然豊かな土地だ。広い砂漠なんて有り得ない。

 情報も規制されているとはいえ、流石にそんな大事となれば風の噂なりで届く。

 密入国。エルフの領地。どっちを取ったとしても矛盾ばかりが生えるのだ。


 考えてみれば、エルフの体に触れて直接記憶を覗く事も出来たな。その疑問よりもこのバイクが気になって仕方なかったが。

 間が悪かったと一言で済ます事もできる。ならこの話題はここで終わりとも中々出来ないので、忘れるといった選択肢を取れないのは厳しいな。

 白女の解呪を目指し第一に行動する。そう決めてもあっちへ行ったり、こっちへ行ったり……。いい加減些末な事に目を向けるのは、自分のリソースを消費するだけだと学習しなければ。

 エリオルベルにはああ言ったが、この広い砂漠で会う確率なんて正直皆無に等しい。エルフ達の物資だって乏しいのだろうし、わざわざ追うと考えるとそれは現実的じゃない。

 そう考えれば尚更無駄な思考であると俺は思った。

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永年のクリスタル 〜難攻不落のダンジョンに挑んだら女の子が眠ってました〜 隣のトネリコに練り込んだ @oasis-inchiki

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