第30話 バイクGET
「ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
「怖がらせたからです」
「驚いただけだ。……寧ろ助けられたから、ありがとうと言っておくべきだな」
俺の言葉にエリオルベルは少しだけ笑った。
あのまま襲われていたら素手での戦いになっていた。エルフの細めな体は一見組みしやすく思えるものの、魔法に長けているので直ぐに対処されていただろう。
魔物と人では戦い方が大きく変わる。徒党を組むし頭もあるから厄介この上ない。
アーデンツァの代わりを早く見繕わなければこのエリオルベルの後ろで護られる日々となる。
内々で優位性が生まれようものなら、俺の元いたパーティと同じ結果をもたらすだろう。
1人が1人で活動出来る事。他人が居れば楽になる程度で、各々が地に足を着かせなければいけない。
パーティを組むとはそういう事なのだ。不本意とはいえまたこうして他人と活動している以上同じ轍は二度と踏まない。
俺はそう心に決めつつ、足下のエルフを軽く足で小突いて動きがない事を確かに確認する。
「盗もうとしたらのなら盗まれる覚悟だってしている筈だよな」
そう言葉を残して、自立する乗り物らしき何かへ近づいた。あの速度でこの砂漠を進めるのならとんだ儲け物だ。
「泥棒はいけない事です。悪い事です。……クレイドも同じ事しますか?」
背中で受けるエリオルベルの声は恐ろしいものがあった。意識的に忘れようとしていたけれど、やはり怖気は立つ。
「こいつが始めた事だ。それに歩いて行くんじゃどれだけ時間が掛かるか分からないだろう? これも一つのお仕置きだよ」
「…………」
返事はなかったが敢えて振り返らなかった。もしあの蕩ける様な目があれば……見たくないな。
俺は目の前の乗り物に意識を向けた。その形状は言うなれば穴食い状態の長方形。中心の座る位置に跨ってその前方にある2本の伸びた棒? を掴み姿勢を安定させる。しかしこれがどうしてあの様な速度を生むのか。
全体的に見て回ると、金属の筒やら反発性のある素材で一部が構成されている。更に細かく見ていけばそれら加工技術の高度である事が伝わった。
エルフは色々と器用であると噂が立っていたが、まさかここまでの物を仕上げているとは。驚きよりも感動が勝る。
「貰うとは言ったけど……正直どう操作すれば良いのか分からん」
何となく、俺はその乗り物の伸びた棒に手を触れた。
……正しくないな。何となくではなく、ある意味惹きつけられる様な確信めいたものだった。
頭を駆け巡る記憶の奔流を受けて、この金属の塊を乗り熟す何者かの光景が巡った。
恐らくそこに倒れているエルフの記憶。操作方法や体の使い方、整備の方法から走った時に受ける風を切った爽快感までもが俺の体験として蓄積される。
この乗り物の全てを俺は理解した。堕ちたとはいえ流石にエルフだけある。コイツらもやっぱり優秀だよ。
この複雑な機構を全て分解して部品の状態から作り方を、そして魔力を動力に変換する機構まで事細かく頭に入れている。エルフ同士楽しげに調べ尽くす情景が浮かんだのだ。……ほんの少しだけ羨ましさを感じなくもなかった。
この力の活用方法が分かって来たぞ。俺が自分で勝ち得た力ではないという認識は持ち続けたいが、そもそもスキルだって殆ど天性の物である訳だしそこはあまり気にする必要もないのか。
それはそれとして。俺の魔力量ではこのバイクと呼ばれていた乗り物を動かすには足らない。これは使うにあたり大きな問題と言って良い。
「エリオルベル」
「何ですか?」
隣に来ているであろうエリオルベルに声を掛けると案の定だった。
「これ乗れないわ。また歩きだ」
「壊れているんですか?」
「いや、魔力が足りない。俺の極小容量じゃ直ぐに止まる」
「なら私が仲介します」
エリオルベルは俺の腰に手を当てるとジッと顔を見る。これでやってみろ、という事だろうか。
ハンドルと呼ばれる2本の棒を軽く掴んでみる。このまま魔力を流すとエンジンという内燃機関が始動し、一時的に自分とのパスが作られる。後は腰を掛け、送る魔力の調節でこのバイクは加速したり減速したりする。
右ハンドルの上部には後輪のブレーキ。左ハンドル上部は前輪ブレーキ。停止に使うものだ。
操作に関して言えば至極単純である。
俺の魔力量だと少し動かすのが精々だけど、感覚的にはエンジンを起こして減った様子はない。仲介するとは、消費する魔力を自分で肩代わりすると、そういう意味なのか。
……いや、それおかしくないか? 他人の魔力を肩代わりなんて出来ないだろう。
「うっ……くそ。頭がイテェ……」
疑問が湧いた次の瞬間、昏倒していたエルフがそう言って立ち上がる。体が強張ったが、他のお仲間は皆んな散っていったので警戒する程でもないか。
「起きたのか。これ貰うぞ」
俺はそう声を掛けると、頭を抑えつつ不機嫌そうな顔が此方に向いた。
「あぁ!? この野郎テメェの仕業か! よくもやって——」
威勢良く啖呵を切った途端、俺に向いた目線は横に行って言葉を切らせた。
そのまま大きく見開き、驚きと恐怖の入り混じる複雑な顔付きに変貌し、全身をわなわなと震えさせる。
「あ、あ……うわあああぁぁぁ!!」
そして覚束ない足取りのまま途中途中ですっ転びつつ、化け物にでもあったのかと思う程の勢いでエルフはこの場を離れて行った。
「気絶してただけだよな彼奴」
「……少しだけ、頭の中で」
「気になるけど聞かない事にするよ」
知らなければ良かった事実というものは既に体験済みである。余計な事はもう深掘りしない。頭が疲れて仕方ない。
俺はそのバイクに跨った。座り心地は結構悪くないな。いや、記憶覗いたから知ってはいるけども。
「エリオルベル。後ろに乗れるか?」
そう声を掛けた。
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