第49話 シャイニーツリーと食堂。

 与奪城には大食堂と小食堂があり、アンジュはぴゅあと蓮花を小食堂へと導いた。大きな窓と、日差しに映える赤い絨毯じゅうたん、アンティークなチェアを配した楕円だえん形のダイニングテーブルが、上品な雰囲気を醸し出している。

 花模様の入ったヴィンテージの皿に、アンジュがプレーンスコーンを盛り付ける。傍らに添えられたクロテッドクリームとジャムが、上質なティータイムを演出している。

 ぴゅあと蓮花は優雅なティータイムに心を奪われ、無邪気な歓声を上げている。対照的にシャイニーツリーは、居心地の悪そうな表情を浮かべた。

「アンジュさん、やりすぎでしょ。こいつらに、そんなサービスしなくていいよ。だいたい俺が落ち着かないわ」

 二人が「こいつらって何!」と声をそろえて抗議すると、アンジュは楽しそうに微笑ほほえんで言った。

「まあまあ、シャイニーツリー坊ちゃん。せっかくの可愛かわいらしいお客様ですからね。今日は臨時のお給金も出してもらっているんですから」

「そのしゃべり方ももういいよ。落ち着かないんだってば」

 シャイニーツリーの言葉に、アンジュは「ちぇっ」とぶっきらぼうに言うと、気楽な用意で椅子に腰を下ろす。

「はいはい。普通の八木やぎ杏柚あんじゅに戻ります。だけど輝樹くん、わたしは雇われの身なんだからね。いくら輝樹くんがいいって言っても、雇い主のエイプが口うるさいのよ」

 ぴゅあと蓮花が声を出して笑った。優雅なメイドの仮面の下に隠された、アンジュの飾り気の無い素顔を既に知っていたからだ。

「エイプには俺から言っとくから。あのオッサン、自分の趣味を俺にまで押しつけてきて迷惑なんだよ。こんな家、暮らしにくいったらないぜ」

 与奪城のデザイン、内装の隅々まで行き届いた装飾、そしてアンジュの着るメイド服。これらすべてが、管理者エイプの嗜好しこうの表れなのか、とぴゅあは考えを巡らせていた。そして、謎めいた存在への興味が強まっていく。

「エイプってひと、管理者なんだよね。どんなひとなの?」

 どちらに答えを求めているのかわからないような、曖昧な視線を彷徨さまよわせながら、ぴゅあはアンジュとシャイニーツリーに声を投げかけた。

「どんなって……黒ずくめで、いつもスーツを着てて、怪しそうな見た目の」

「神経質で、嫌みなオッサン」

 スコーンを口に含みながら、シャイニーツリーが辛辣な言葉を言い捨てる。

「管理者なんてろくなやつがいない」

「輝樹くんは、他の管理者に会ったことがあるの?」

 アンジュの問いかけに、蓮花が身を乗り出して会話に割って入る。

「うちのクラスにさ、管理者がいるの。その名もV

V!?」

 管理者の名前とは思えない奇妙な通り名に、アンジュは思わず声を上げた。

「そう! 普段は目立たないやつなんだけどさ、授業中とかにいきなりにだけ聞こえるように、『我が名は全知全能のV』とか語り始めるの!」

 ぴゅあが両手で口を押さえながら、肩を震わせて笑いを抑え込む。

「鬱陶しいから俺がにらみ付けたら、あいつ『ひい』って悲鳴上げてたぜ」

 シャイニーツリーの言葉で、ついにぴゅあの笑いのせきが切れた。「全知全能のV、超ワラエル……オモロ」と声を出し、我慢していた笑いが加速する。

「いろいろな管理者がいるのねえ。わたしが知っているのはZと、ヨスミと……あと、かいかな」

「九! アンジュさん聞いて、あたし九に誘拐されたんだよ」

 ぴゅあの九に関する報告から、四人の会話は管理者談義へと発展していった。それぞれが知る管理者の特徴や、奇妙な行動を語り合い、会話は尽きることを知らなかった。


 ——アンジュが作った昼食を堪能した後、部屋に戻った三人は対戦ゲームに興じた。夕方になってぴゅあは与奪城の厨房ちゅうぼうを見学し、プロ仕様の調理器具と豊富な食材に目を輝かせ、カレー作りを宣言する。

 手際よく調理を進めるぴゅあ。蓮花は不器用な手つきながら懸命に手伝い、見学のつもりだったシャイニーツリーは結局、命じられるままに雑用をこなした。

 アンジュは必要な道具を出したり、使い終わった器具を片付けたりしながら、三人の料理風景を微笑ほほえましく見守っていた。

 四人は普段使っていない大食堂の扉を開け、自分たちの作ったカレーを持ち込んだ。荘厳な食堂に、にぎやかで贅沢ぜいたくな食事の時間が訪れる。

 食事が終わり、アンジュがこっそり仕込んでいたキャロットケーキが登場する頃には、大食堂の窓の外の景色はすっかり暗くなっていた。

 ぴゅあと蓮花が先に帰り、続いてアンジュも外に出ると、見上げた空には半月が浮かんでいた。変わらない月の姿に、アンジュの心が和む。この世界でも月は同じように、優しい光を投げかけていた。

 一人部屋に戻ったシャイニーツリーは、PCの前に座った。ちょうど推しのVtuber、宙鳥そらとりみこんが配信を開始しようとするところだ。

 モニターには宙鳥みこんのサムネイルと、『8時間耐久生配信』の文字が映し出されている。シャイニーツリーは、今晩も寝不足になりそうだった。


 (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アラロワ おぼろ世界の学園譚 水本茱萸 @mizumotogumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画