それぞれの結末
ゴーツとミュークはエリールの双子の兄達でイカツイ巨体を持つ人物達だった。
辺境周辺を担当しており、任務の遂行力と問題の解決力からキャプスの厚い信頼を得ている。だから、エリールが王都にある学園に出て来るとなった時に保護者の代理として見守ってもらえることになったのだ。
「ゴーツとミュークか……。アイツらに任せるのはアリかもしれないな。最近は組織員の教育も任せていたからな。バーグの妹を保護して面倒をみる代わりにアナスタシアを諦めさせるのもいいかもしれない」
「そうでしょう!?」
エリールは得意気にキャプスをのぞきこんだ。
「だが、この国を裏切り暴れてくれたバーグを皆は許すだろうか?ケジメはつけないといけないからな」
「心配ならキャプス様が催眠スキルを使って従順にさせたってコトにすればいいんじゃない??」
「オレのスキルをか……バーグは確かに色々な情報を持っているからな。使えるものは使いたい。何よりこの国の出身者だしな」
そんなわけで、エリールの提案通りにコトは順調に進められた。ちなみに、催眠スキルを使うことは無かった。本人に歯向かう気持ちが無かったからだ。
バーグはアナスタシアを諦めることについては抵抗したが、妹のことを持ち出すと折れた。
バーグの妹は現在、空気がキレイな辺境にある病院で手厚い治療を受けており、バーグともすぐに会える環境だ。妹の回復の兆しも見えてきていることからバーグも喜んでいるらしい。
バーグの再教育の訓練はかなり苛烈だった。ゴーツ&ミュークもバカみたいに身体を鍛えることが好きだったから毎日、スペシャルなマッチョ教育が行われた。
「丸く収まって良かったわね」
「ああ、と言いたいところだが、アナスタシアとアーバンがな……」
アーバンはバーグに殴られた時の後遺症で記憶の一部を無くしていた。目を覚ましてアナスタシアを見た時に、誰だか分からなかったようだ。
それを見て、アナスタシアはとてもショックを受けて泣いていた。
“私がバーグを見逃さなければ……”などとキャプスの前で言うので、側にいたエリールは慌ててアナスタシアの口を押えた。
キャプスはアナスタシアの言わんとした内容が分かったはずなのに、何も聞かなかったことにしてくれた。アナスタシアに “アーバンの面倒をしっかりと見てやれ”とだけ言うと、それで終わりとなったのだ。
その場にいたフェスタやパイク、マルタは“ボスが甘くなった……”と驚いた。エリールにとっては、当然の判断だと思ったが。
......さて、ここは辺境である。バーグは今日もゴーツ&ミュークに鍛えられていた。
「おーいバーグ!お前これ100回やってみろよ」
「さすがにそれはキツイぜ」
彼らはベンチプレスマシンを前に話していた。
「始めるぜ~! ウォーミングアップだ」
ゴーツが言うと軽々とバーベルの上げ下げを始める。ベンチに仰向けに寝たゴーツの大胸筋がこんもりと盛り上がり、バーグの筋肉魂?が刺激される。
「やるなぁ、じゃあオレも」
つられて隣にあるベンチプレスに意気揚々と仰向けになるバーグ。……彼らはすっかり意気投合していた。
「ところでお前さあ、アナスタシアと恋人だったことがあるんだよなぁ?」
ミュークが言うと、バーグがバーベルを上げる腕を止めた。
「オイ、腕を止めるんじゃねえ。訓練にならねえだろ」
自分で話しかけたにも関わらずすかさずミュークがツッこむ。
「お前が急に妙なコト言ってくるからだろ」
「普通の会話だ。......でさ、アナスタシアっていいよなぁ」
まだ、ミュークがアナスタシアの話をしてくる。
「何なんだよ……もう終わったことだ。今はアーバンとかいうヤツと一緒なんだろ」
「アーバンていやあさ、記憶が一部無くなってアナスタシアのことも分からねぇんだってよ。 あ、だからって、お前をアナスタシアに近づけるわけにいかねぇけど」
「......お前、ヤな野郎だな。じゃあ何だってオレにそんなこと言ってくんだ」
「いやさ、お前がアナスタシアと付き合ったことがあるのがウラヤマシイってコトだよ」
今度はゴーツが言った。
「はぁ?お前ら随分とアナスタシアのことにこだわるじゃねぇか」
「そりゃそーだ……ここだけの話だけどなぁ......おい、知りたいか?」
「もったいぶるなよ、気になるだろう。早く言え」
「......オレ達、2人してアナスタシアに告白してフラれてんだ」
「何だって!?」
「だからお前、いい思いしてヨカッタじゃねえかってハナシだよ」
「何てこった……どんだけ男を虜にしてんだよ」
アナスタシアは魔性の女だった。本人にはその意識は無かったが。
「というわけで、アナスタシアを諦めたのはお前だけじゃないってコトだ。安心したか?」
「まあ……優越感はあるな」
「じゃあ、あと100回はバーベル上げろ!」
「ムリ言うな」
「お前ならできる!ホレホレ~!わっしょい!わっしょい!」
妙な掛け声が辺りに響いたのだった。
......その頃、王都の病院を歩くアナスタシアはくしゃみをしていた。
「寒く無いのに、ヘンね」
アーバンはまだ入院している。頭の傷がかなり深かったのだ。
「アーバン、起きてる?」
アナスタシアがアーバンの入院している個室に入ると、外を眺めていたアーバンはアナスタシアを見た。
「起きてるよ。毎日、キレイな人が来てくれるのは嬉しいな」
アーバンの他人行儀な態度にアナスタシアは少し傷つく。
「ノド乾いていない?飲み物を持ってきたわ」
「いいね。ちょうどノドが乾いたなって思っていたんだ」
アナスタシアはベッド脇のイスに腰を下ろすと、輪切りのレモンとハチミツが入ったレモネードをガラスのピッチャーからグラスに注いだ。
「これ、君のお手製?」
「そうよ。レモネードは以前、アナタと南の島に行った時に一緒に飲んだことあるわよ」
「へぇ? オレらは一緒に旅行したんだ?」
「そうよ……」
アナスタシアは”アナタは南の島で私にプロポーズもしてくれたのよ”とまでは、言えなかった。視線は自然と床に向く。
「……ねえ、レモネード飲みたいんだけど?」
「ごめんなさい。ハイどうぞ」
グラスをアーバンに渡そうとするとアーバンが言った。
「手も負傷しているからグラスは持てないな」
「ああ、ストローいるかしら?」
アナスタシアがストローを取ろうとすると、アーバンが止めた。
「君の口移しがイイ」
「はい? アナタ、何を言っているの?」
アーバンを見ると、いつもアナスタシアに甘えたい時に浮かべるニヤニヤとした表情をしていた。
「......アーバン、もしかして私のことを思い出したの?」
「さあ? 口移しでレモネード飲ませてもらえたら思い出すかも」
アーバンはいつもヘラヘラしたことを言う人なので、本当のところがどちらか分かり兼ねた。
アナスタシアは迷ったがアーバンに触れたい気持ちもあって、レモネードを口に含むとアーバンに飲ませる。アーバンは美味しそうにレモネードを味わった。
「ふう、美味しいね。君の唇もサイコー」
「......ねえ、思い出しているの?それとも口説いてるだけ?」
口説かれること自体は日常茶飯事なのでアナスタシアは慣れている。もし、アーバンと初対面であったら、彼はすぐに口説いてきそうな人に思えた。実際にアーバンと初めて出会ったのは、任務の時が最初であったので、口説かれはしなかったが。
アーバンがアナスタシアをグイと引き寄せた。アーバンに密着したカタチとなったアナスタシアは、答えないアーバンに軽く腹を立てた。
「ねぇってば、答えてよ!」
アナスタシアがアーバンの胸を手で押すと、自分の左手の薬指にキラリと光るものが目に入る。
驚いてアナスタシアが自分の左薬指をマジマジと見ると、家に置いてあるハズのリングが指にはまっていた。このリングはプロポーズされた時に贈られたリングだ。
「コレって……」
「......思い出したよ。数日前に。だから、様子を見に来てくれたフェスタに頼んでリングを取って来てもらったんだ」
アナスタシアの目から涙があふれた。アーバンはアナスタシアを強く抱きしめる。
「オレと結婚してくれるよね?」
「......するに決まってる」
2人は改めてキスをしてお互いの気持ちを確かめ合ったのだった。
......それから後、キャプス邸ではアーバンの記憶が戻ったことが報告された。
「良かったわね!3度目のプロポーズっていうのもステキ!」
チラリとキャプスの方に視線をよこしながらエリールは言った。
「オレ達の結婚も間もなくだろ」
「学園を卒業するまで、まだ時間はあるわ」
キャプスとエリールの結婚式は卒業後に行われることになっていた。フェスタもラビィの卒業を待って結婚することになっている。ラビィは平民だからフェスタと結婚するために、組織メンバーである男爵の養女となる手はずになっていた。
「お兄様達にもいい人見つからないかなぁ」
「縁があれば巡り合えるだろ」
「......アッサリとした言葉で何か冷たい」
「そうか? それよりも、子ウサギに変身したら撫でてやるぞ」
「しばらく変身してあげない。上から目線でエラそう!」
「オレはボスだぞ。それなりにエライ」
「慢心するのは良くないわよ。 私のことを好きだっていう人もいるんだから」
「は?誰だそれは? 詳しく聞かせろ!」
目の据わったキャプスがエリールを捉える。
こうなったキャプスはとてもしつこかった。エリールは子ウサギの姿に変身すると、部屋を脱走した。
だが、キャプスの用意していた網によってあっけなく子ウサギ姿のエリールは捕えられる。彼らはいつもこんなやりとりを繰り返しているのだった。一体、甘いやりとりがなされるのはいつのことやら......。
何だかんだで今日もエリールは、キャプスの満足がいくまでずっと全身を撫でられまくられることになったのだった。
変身令嬢は平穏に過ごしたい 大井町 鶴 @kakitekisuto
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