決着

キャプスは急いで港に向かっていた。会議や細々とした指示をしていたせいもあり、もう夜が明けてしまった。


授業中に事件の知らせが入ったと思えば、組織で戦力として活躍していたアナスタシアが連れ去られたという。


屋敷に戻り情報を整理していると、今度はアーバンがアナスタシアを追って1人現場に乗り込んで行ったと聞いた。アナスタシアの誘拐に加えて、アーバンが1人で無謀にも乗り込んで行って面倒なことになっていた。


フェスタにバーグの情報を超特急で集めるように指示していたがまだ、使えそうな情報が届いていない。


どちらにせよ、港は夕方には閉められてしまう。アナスタシアを攫ってから出発するとなれば、時間的に夜が明けてから昼間までの時間になると思われた。


敵対組織の情報は常に探らせていたが、依然としてフィンの潜伏情報は得られていない。


(ヤツが仕返しの手始めに幹部の恋人として潜入していたアナスタシアを攫ってこいと指示したのか?)


“売られたケンカは絶対に倍にして返してやる“というのがキャプスの信条だ。歯向かおうだなんて思わせないほどに打ちのめしておくことが効果的だと経験から得ていたので、今回のことも徹底して解決する必要があると考えていた。


ちなみに、今回のことは、エリールやラビィには知らせていない。彼女達には組織の後ろ暗いことはなるべく耳に入れないようにしていた。同じ屋敷に暮らすエリールは、理由も聞かされずに屋敷を飛び出していった自分を心配しているかもしれないと、キャプスは思った。


(早く解決せねばな......)


港に着くと、先に到着していた配下から状況を聞いた。港を管理している役人が金で買収されていたらしい。配下の者はそれに気付けていなかったようだ。


「ボンクラどもめ……」

「おい、黒いオーラが出てるぜ」


諜報部隊に指示してきたフェスタはキャプスのすぐ後に港へ到着していた。


「情報はまだ入って来ないのか?」

「まだだな。それよりもさっき港でケンカがあったと、知らせが入った。アーバンじゃねえか?」

「既に接触していたか……行くぞ」


キャプス達はケンカ騒ぎがあった場所へと急いだ。ほかの配下も現場を囲むように近づいていく。


前を見ると高速船を停泊させている桟橋に向かってアナスタシアとバーグが歩いていた。


(バーグ単独か?目撃者を至るところに残してきたことから、ヤツ単独で動いているのかもしれないな)


キャプスは冷静にどうするべきかを考えていた。桟橋の入口付近には血を流して意識を失っているらしいアーバンの姿が見えた。


「フェスタ、気付かれずに桟橋に近づけるか?」

「ああ。オレは泳ぎが得意だからな。お前がヤツの意識をほかに向けてくれたらどうにかなる」

「そうか。じゃあ頼むぞ」

「了解」


フェスタは制服をあっという間に脱ぎ捨てると下着1枚になった。ちなみに下着はショートパンツに似ていて恥じらう姿でもないとフェスタは思っていたから、人目を気にせずそのまま口にナイフを咥えると、海に入りバーグ達の元へと気付かれぬよう泳いでいった。


キャプスは配下達を引き連れて桟橋の入口へと向かう。


「バーグッ! アナスタシアはうちの大事なメンバーだ。連れて行かないでくれないか。お前が望めばこちらの組織でお前を重用してもいい」


こちらに振り向いたバーグは、一瞬、何かをアナスタシアに囁くと、持っていたナイフをアナスタシアに突きつけた。


「それ以上、近づくんじゃねえ」


アナスタシアは無表情だ。


「オレの話が聞こえたか?お前が逃げることはもう難しい。投降すればお前の居場所も確保してやる」

「オレはそんなことを望んではいない。それにさっきお前のところの配下をぶっ倒したばかりだぜ」

「アイツは確かに重傷だが、死んではいない。アーバンを簡単に倒すお前の力が欲しい」

「アナスタシアはそんなことを望んじゃいないんだよ」


バーグは一瞬、アナスタシアに視線を向けた。


その時、密かに桟橋に上陸していたフェスタが素早くバーグの背中に跳躍して腕を首に回した。そのまま体重をかけて引き倒す。バーグは急所を突かれて、たまらず後ろに倒れた。そのままフェスタは下敷きになったが、首から腕を離さなかった。


アナスタシアはフェスタの襲撃の反動で桟橋に倒れていた。桟橋の上で四つん這いになっているアナスタシアにバーグは懸命に腕を伸ばす。


「アナスタシア.......!」


桟橋の入口からはキャプスや配下達が走り寄ってきてバーグの勝ち目は無かった。バーグはあっという間に縛り上げられると、キャプスの前へと引きずり出された。


「お前、単独の行動か?」

「ああ、そうだ」

「フィンの指示じゃないのか?」

「そうだとしたらなんなんだ?」

「だとしたら、お前を生かしてはおけないな」


キャプスの言葉を聞いたアナスタシアは思わず口を挟んだ。


「ボス!彼はもう敵対組織から足を洗っているの!彼はあたしを迎えに来ただけよ!」

「アナスタシア……すまねぇ。お前を幸せにしてやりたかったのに守れそうにない」


アナスタシアは、バーグの言葉に涙が出た。自分を迎えにさえ来なければ捕まることも無かったのにと思うと、アナスタシアはバーグの思いに泣けた。バーグも涙を流している。


「敵対組織から足を洗っただと?本当か?調べればすぐに分かるがな」


バーグは諦めたのか返事をしなかった。桟橋近くの建物に縛られたバーグを連れて行き、さらに話を聞こうとしていたところ、新たな情報が入ってきた。


情報によれば、バーグは実はこの国の出身だという。


バーグには病気の妹がいた。だが、家は貧しく、彼は早くに死んでしまった両親に代わって金を稼いでいた。ガッチリとした体格を活かし、まとまった金が得られる用心棒は職としてうってつけだったらしい。そこを敵対組織が目を付けたのだ。


バーグは敵対組織に雇われると、それまでしていた仕事の報酬よりもはるかに多い報酬のおかげで、病気の妹はをきちんとした施設に預けることができたようだ。バーグにとって、妹が助かるならば国を裏切ることなど、問題では無かったのだろう。


バーグは忠実に任務をこなしたことで、敵対組織の中でどんどん出世し幹部となった。バーグの関わった仕事は決して気持ちの良いものではない汚れ仕事ばかりだったが、金を得るためには仕方がないと割り切っていたのかもしれない。


(バーグがこの国の者だとは……それが妹のためとはいえ、他国の手先と成り下がっていたわけか)


事情を知ったキャプスは難しい顔をした。アナスタシアは、アーバンを傷つけたことは許しがたいようだがバーグの抱えていた事情を知ると、バーグを責める気持ちにはなれずに複雑そうであった。


事件から数日後、バーグは警備隊の収容者保護施設で監視されながらフェスタと揉み合った時に受けた怪我の治療を受けていた。


バーグは自国を裏切り、敵対組織に加担していたことで死を覚悟していたようだが、妹の話が持ち出されると妹の面倒だけはどうか見てほしいと懇願してきた。


キャプスは悩んだ。彼は組織のトップとして甘い判断を下すわけにはいかなかったからだ。


そんな時、エリールが彼の難しい顔を見て”何を悩んでいるの?“と聞いてきた。


いつもならこんなことを人に聞くことはしないが、どうしてかキャプスはエリールに起きた事件についてどうするべきか聞いてみたくなって事情を話した。


すると、エリールが簡単に言い放ったのだ。


「バーグという人はお兄様達に鍛え直してもらえばいいじゃない。妹さんはこちらで保護することを条件にしてバーグにアナスタシアを諦めさせるのよ」


キャプスはエリールの言葉に目からウロコが落ちたような気持ちになったのだった。

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