港での対峙
バーグとアナスタシアは港にいた。
港は早朝から漁に出る船で賑わっている。アナスタシアがバーグに連れ去られてから半日ほど時間が経った。夜は近くの民家が貸し出している部屋で過ごした。
久しぶりに一緒に過ごすことになったバーグは、再会した時ほど強引な態度ではなく、アナスタシアを気遣ってくれたので、アナスタシアがイヤな思いをすることもなかった。
(バーグ......本当に私を忘れられなくて迎えに来たの......?)
バーグから自分を迎えに来るためにこの国に来たと言われたものの、フィンの策略ではないかと疑っていたのだ。だから逃げなかった。
漁に出る船が出払ってしまうと、港は落ち着きを取り戻し静かな雰囲気となる。雲一つない空で今日もよく晴れそうだった。
広大な港には、漁に出る船とは異なり、貴族が所有するヨットなども数多く見える。
(あれは高速船かしら?……最近、開発されたばかりだと聞いているけど)
「アナスタシア、この国を出たら約束通りのんびりしようぜ」
バーグはいつか2人で話したことを口に出した。かつて、バーグと恋人だった時に、南国のリゾートに行きたいと一緒に話していたことをしっかりと覚えているらしい。
「その話、覚えていてくれたのね。......でも、バーグ、アナタは向こうの組織の幹部なんでしょう?そんなヒマなんてあるの?」
「……オレはお前が望まねえ暮らしから足を洗ったんだ。今は真っ当な商売をしていてそこそこいい暮らしができてるぜ」
「足を洗った?組織から抜けてアナタは無事でいられるの?」
「オレの心配をしてくれるところは元のままだな。ボスはオレのことに構うほど、今はまだ余裕がねぇ。新しい拠点作りに忙しいからな。オレはもうこの国でも顔が知られちまってるし、ちょうどいい抜け時なんだ」
「そうだったの……」
バーグがなぜ敵対する組織に所属することになったかについては、アナスタシアは詳しく知らなかった。だが、自分を評価してくれた場所だという話だけは聞いたことがある。
(この人は、本当に私のために敵対組織から足を洗ったの……?)
アナスタシアが心配気にバーグを見つめると、バーグは微笑んで言った。
「出港許可証を受け取りに行く。ちょっと付き合ってくれ」
バーグはアナスタシアが自分から逃げるのではと心配したのだろうか、アナスタシアを路地で連れ去った時からずっと自分の側から離さないようにしていた。
その頃、怪しい荷馬車が港方面に去って行ったという情報をもとに、アナスタシアを追いかけてきたアーバンは、どこにバーグとアナスタシアがいるのかを一晩中ずっと探していた。夜勤明けでそのままアナスタシアをずっと探していたのもあり、体力も限界に近い。
だが、諦めるわけにはいかない。船でアナスタシアを国外に連れ去るとしたら、今をおいてベストなタイミングはないだろう。まずは港に着くなり、潜伏している場所を突き止めるべく、港周辺の宿泊施設をいくつもあたった。いずれもそれらしき2人はいないと言われた。
(相当な金でも握らされているのか……?)
どの宿泊施設でも警備隊の証は見せた。しかし、動揺する様子は見られずかくまっている様子もない。アーバンは、民家が貸し出している看板のない宿泊場所を見落としていた......。
アーバンは港が一望できる高台に上がると、停泊している漁船や貨物船を確認する。大型の荷物を積んだ船のほかにもヨットや高速船が停まっているのが目に入った。
(大型船はすぐには出港できない。すぐに出港できるとすればヨットか高速船だろう。あのうちのどれかにアナスタシアがいるかもしれない)
アーバンは高台から急ぎ港へと降りて行くと、建物の影に身を潜ませた。様子を探ると港はいつも通り平和な雰囲気そのもので、とても人を連れ去ろうとする事件なんて起きそうには見えない。
(船が出港できるのは昼までと定められている。アナスタシアを連れて出るとしたら夜が明けたこれからだ。勝手に彼女を連れて行くなんて許せない!しかも夜が明けるまで一緒に過ごしていたなんて!)
バーグとアナスタシアは確かに一晩を共に過ごしたが、アナスタシアがひどく動揺していたのでバーグは側で思い出話などをして、彼女を落ち着かせていただけだった。だが、そんなことを知らないアーバンは怒りに染まっていた。
しばらく様子を伺っていると、事務所のある建物からバーグらしき大男とアナスタシアが出て来るのが見えた。
アーバンは2人を確認すると近くに立てかけてあったオールを手に取り、気付かれないように足音を忍ばせて2人の背後に回る。
バーグがアナスタシアの腰に手を回し抱き寄せたのを見た瞬間、アーバンの中で渦巻いていたものがはち切れた。素早くバーグに近づくと勢いをつけオールを振り下ろす。
だが、見事に身をかわされた。逆にバーグにオールを掴まれてアーバンがひどく打ち付けられる。叩きつけられたアーバンは地面に転がった。
「オールなんて振りかざしたら影ができて勘付かれるぜ?おかげで、簡単に避けられたがな」
オールで殴られたところから出血しているアーバンを見てアナスタシアは声をあげる。
「アーバン!」
「アナスタシア、逃げろ!」
「おい、お前が勝手に指図するんじゃねえ。アナスタシアはオレのものだ」
「彼女はお前のモノなんかじゃない!オレの大事な人だ!触るな!ケダモノがッ!」
アーバンは、完全に頭に血が上っていた。アナスタシアは、そんな冷静ではない彼の様子を見て心を決めた.....。
「バーグ、放っておきましょ。彼、私に執着しているの。今、構っているヒマは無いでしょ」
「アナスタシア!!」
アナスタシアは手をバーグの腕に絡ませると、アーバンを冷たく見据える。アーバンはハッとした様子でアナスタシアを見つめて、ひどくショックを受けた表情を浮かべた。
「アナスタシア行くなよ!」
「アナスタシアはオレを選んだんだ。お前をもっと痛めつけたいところだが、アナスタシアが望まないことはしたくねぇ。消えろ」
バーグはアナスタシアの肩を抱くと、高速船の方へと向かおうとする。諦められないアーバンはバーグの背後から追いかけようとフラフラと立ち上がった。
再び近寄って来たアーバンをバーグが殴った。
「お前、オレがせっかく見逃してやったんだ。大人しくしてろ」
「......バーグ!人が集まってくる!やめて!」
「ああ、行こう」
オールで殴られた部分からおびただしい血が流れ、アーバンの意識が朦朧としてくる。アーバンは地面に伏しながら悔しさに涙が流れた。
......アナスタシアは、バーグに寄り添った時にアーバンだけに分かるように指文字で”逃げろ“と示した。アーバンを救おうとしたのだ。
(すまない……オレはアナスタシアを助けられなかった)
アーバンはアナスタシアが連れ去られていくことに、ひどく後悔と絶望を感じたのだった。
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