戻らないアナスタシア
アーバンは夜勤明けで家に戻ると、アナスタシアが家におらず焦っていた。
アーバンと警備隊の建物前で別れてからどうも家に戻った様子がない。部屋には昨日家を出た時そのままの空気が漂っていた。
(アナスタシアが外泊?)
アナスタシアの友人達は皆、既に家庭を築いていて自由気ままに寝泊りできるような感じではなかったはずだ。
「どこ行ったんだ……」
自分はアナスタシアを束縛しすぎたんだろうかなどとアーバンが考えていると、家の扉を叩く音が聞こえた。
「……何だよ、今取り込み中なんだよ」
扉を開けると、組織の配下で花屋を営んでいる男だった。
「おい、気になることがあって来た。オレの仲間が昨日、アナスタシアの後をつけているヤツを見たらしい。うまく巻いたようだが、身を潜ませた路地からアナスタシアは出て来るのを見なかったと、さっき聞いた。アナスタシアは無事に家に戻っているか?」
「……いない」
「なんだって?……オレ、ボスに報告してくるな?」
愕然とするアーバンを見た花屋は、タダ事では無いとキャプスへと報告するために慌てて出て行く。
フェスタは夜勤明けの眠気もどこかへと吹っ飛び、手がかりを求めてアナスタシアが後をつけられて逃げ込んだという路地に向かった。
路地近くに着くと、周囲に住む配下の者達にアナスタシアを追っていた男の特徴を聞く。
「アナスタシアの後をつけていたヤツはどうみても素人だったぜ。アナスタシアは気付いていたみたいで、そこの路地に身を隠したんだ」
目撃した配下が指さす方向の路地は、表通りに比べて人が少なく人の目に付きにくかった。あたりを見回すと、アパートの窓から洗濯物が干されている様子が目に入る。誰か目撃者がいるかもしれない。
その時、アーバンの視界の端にキラリと光る物が目に入った。路地から少し入った所に転がるそれには見覚えがある。
手に取ると、それはアーバンがアナスタシアのために贈った厄除けのピンキーリングだった。
(これはアナスタシアので間違いない。オレがわざわざアナスタシアを守る意味を持つ誕生石つきのリングを贈ったんだ。これがここに落ちているということは……)
アーバンは悪い予感を抱きながら、目撃者を探してアパートに住む住人に警備隊の証を見せながら話を聞いていった。
アパートの扉を叩くこと何十回目かにして、ようやく欲しい目撃証言を得られた。証言してくれたのは中年の主婦で、洗濯物を取り入れようとしてふと下を見た時に、壁に押さえつけられている女性を見たそうだ。
女性は髪が黒く、押さえつけていた大きな男は紫の髪だったという。アナスタシアの髪は黒だ。紫髪の大男とは誰だろうかと、アーバンはアナスタシアに関係ありそうな男の記憶を辿る。紫の髪の男には心当たりがない。
さらに話を詳しく聞くと、大男がアナスタシアに無理やりキスをしたという。
(アナスタシアにキスだと?......許せない!!)
アナスタシアはアーバンにとって最愛の人だ。アナスタシアは誰にも奪われてはならない人だった。
アナスタシアに出会った瞬間、アーバンはすぐに心を奪われた。仕事を通して徐々に距離をつめていたつもりだったが、結果的に想いは全く伝わっておらず、無理やり急な告白とプロポーズをしてやっとの思いで手に入れたのだ。ほかの男に奪われるなどあってはならないことだった。
(アナスタシアに執着していたヤツの仕業か........執着といえばバーグ、ヤツぐらいしかいないだろう)
激しい怒りに染まったアーバンは、路地から出ると更なる目撃情報を集めるために周囲に怪しい動きをしていた者がいなかったか、変わった物は無かったかと聞いて回った。
すると、路地裏を抜けた所に見かけない荷馬車が停まっていて、やがて港の方へ向かっていったという話を聞いた。アーバンはすぐに港へと向かう。連携を組んで調査などという考えは彼からすっかり抜けていた。
......その頃、報告を受けて急ぎ学園から帰宅していたキャプスは配下と会議をしていた。
「フェスタ、アナスタシアの姿が路地に入って以降、確認されていないという報告が入っている。アナスタシアは訓練されている者だ。彼女が誘拐されたとなれば、プロの仕業だろう」
「アナスタシアを攫うとは、どういうことだ? まさか、フィンからの挑発じゃねえだろうな?」
「分からん。まだ調査中だが、挙がってきた情報だとアナスタシアが消えた路地裏に停められていた荷馬車が怪しいらしい。荷馬車を操っていた男はかなりの背丈だったと聞いた」
「......デカい男っていったら、フィンの幹部で逃げた男が大男だったよな。確か名前は“バーグ”だったか? アナスタシアが近づいて恋人になっていたよな」
「アナスタシアを攫ったのはバーグかもしれないな」
「フィンが絡んでる事件かもしれねぇな。しかし、何でそいつは捕らえられなかったんだ?」
「……分からん。運よく逃げられたらしいな」
そこに、また新たな配下の知らせが入った。
「何だと?アーバンが1人で港に向かった?」
「はい、怪しい荷馬車が港に向かったという話を聞いた途端に行っちまって……」
アーバンと直接、話したらしい配下が気マズそうに言う。
「……うちのヤツらは何で皆、すぐに1人で動こうとするんだ!」
キャプスがフェスタを見ながら言うと、フェスタは頭をかいた。
「アーバンの気持ちは分かるぜ。自分の大事な女が攫われたら落ち着いてなんかいられねぇ」
「分かっている。オレだってそんなことをしでかされたら、犯人をこの世から消してやるさ……だが、解決するためには冷静にならなくてはならん。フェスタ、バーグの情報を至急集めさせろ」
「了解」
「ヤツの弱みが無いか探させろ。それが済んだらすぐに港に迎え。アイツがとんでもないことをしでかさないうちにな」
港にも当然、裏組織の息がかかった者が置かれている。今回、バーグが港経由で紛れ込んだとすれば裏切った者がいるということだ。
キャプスは普段、エリールには見せない冷酷な表情になると、組織をまた引き締め直さなくてはならないなと、思ったのだった。
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