現れたアイツ
アーバンとアナスタシアが恋人となり半年が過ぎた。
キャプスの配慮によって彼等は組織の仕事でほかのパートナーと組むことや潜入捜査などは免除されていた。
特にアーバンは、アナスタシアが対象者と恋人になるような任務を嫌がったので、必然的にアーバンもそのような任務は無くなっていた。
組織の中には若手の配下も育ってきていたことから希望を許されたのだ。
「今日は人が多いな~」
「今日の市場はいつもよりも出店している店が多いから仕方ないわ。ハンドメイドのアクセサリーショップもあるみたい」
「女性はアクセサリー大好きだからな~。君も店を覗いてみたいんじゃない?」
「もうすぐ仕事上がりだから見てから帰るつもりよ」
「オレも一緒に帰りたいよ~」
「アナタは今日、遅番だものね。オツカレサマ」
アーバンとアナスタシアは警備隊の建物の前に来ると別れる。
アーバンとアナスタシアは最近、一緒に住みだした。アーバンはアナスタシアと少しでも一緒にいたいようでアナスタシアにいつも引っ付いていた。
「……はぁ、やっと1人で歩けるわ」
久しぶりに1人でのびのびと歩けると思うと少しアナスタシアはウキウキしてきた。アーバンと一緒にいるのはイヤではないが、あれこれとお店を覗きたい時にずっと後ろについて来られるのもこちらが気を使う。
アナスタシアは、にぎわう市場で売られている新鮮なレモンやオレンジの山を見つつ、お目当てのハンドメイドのアクセサリーショップへと向かった。
しばらく夢中になってアクセサリーを見ていると、アナスタシアはふと人の視線を感じる。
(ジトッとする視線……誰かが私を見ているわ)
アナスタシアは警戒しているのを悟られないようにしながら、アクセサリーショップでお目当てのアクセサリーを購入すると人込みに紛れて歩き出した。
一定の距離を空けて自分を見ていたヤツもついて来ているようだった。
(ヘタな尾行ね。素人かしら?)
あからさまに人を追う気配を消さずにつけて来るヤツならば、自分をお茶にでも誘おうとしているだけかもしれないと、アナスタシアは思う。
アナスタシアは自分の左手の小指にはめられた誕生石のついたリングに触れた。これはアーバンからアナスタシアのために厄除けなどの意味をこめてプレゼントされたものだった。
意外とアーバンは嫉妬深いところがあって、プロポーズした時に贈ったリングを普段もつけていて欲しいとアナスタシアに言っていた。
だが、警備隊の仕事は場合によって、暴れるヤツを取り押さえる可能性もあるため、アナスタシアは家に指輪を大事にしまっておくことにしたのだ。彼は不満そうだったが、代わりのリングとして小指に厄除けのリングを着けるとやっと納得してくれた。
ちなみにアーバンのプロポーズは1度保留にしたものの、再度、彼にきちんとしたプロポーズをしてもらったこともあり、半年後に彼と結婚することになっている。
(あの路地を曲がって追跡を巻いてやるわ)
アナスタシアは市場が並び立つメイン通りからふいに逸れると、レンガで積まれた家が立ち並ぶ路地にサッと入り込んだ。
道行く人と丁度重なるタイミングで路地に入り込んだので、追跡してきたヤツはアナスタシアが隠れた路地には気づかずそのまま通り過ぎて行った。
(後をつけて来たヤツ、見た目も町人風でホントに素人な感じだわ……)
アナスタシアがそんなことを考えていると突然、背後から口をふさがれ腕を掴まれた。油断していたアナスタシアは簡単に捕られてしまった。
(油断したわ……!スゴイ力!振り解けない!)
アナスタシアは後ろから自分を捕えているヤツを蹴ろうとするが、思うように当たらない。
「暴れるな。やはり尾行に気付いたな」
アナスタシアは聞き覚えのある声で動きをピタリと止めた。
アナスタシアの動きが止まると、捕らえていた力が少し弱まる。アナスタシアを捕らえている人物は、アナスタシアを壁に縫い付けるようにしてアナスタシアの正面に立った。
「バーグ……!」
「よう。久しぶりだな。元気だったか?ジュリー。いや本当の名前は“アナスタシア”か」
バーグはかつての軍人風な銀髪の短髪ヘアではなく、今は髪の毛を紫に染めたボブのような髪型になっていた。
アナスタシアの口をふさいでいた手が首へと置かれる。軽い力で触れられているにも関わらず息苦しい。
「......私を殺しに来たの?」
「殺しに?……オレはお前を迎えに来たんだ」
バーグの言葉にアナスタシアは驚いた。まだ、自分に愛情を持ち続けているとは思わなかった。むしろ、恨まれていると思っていたのだ。
アナスタシアは以前、大捕り物の時にバーグを故意的に逃がした。彼は敵であったが、自分を本当に愛して大切にしてくれていたからだ。
「お前の髪と目の色、本当は黒だったんだな。オレといた時は金髪に青い目だったが。潜入のためか?」
「……よ」
アナスタシアが声を苦しそうに出すと、バーグはアナスタシアの首に置いていた手を頬に置く。
「そうよ。潜入のために自分の姿を偽ったわ。アナタも今は紫色の髪の毛なのね」
「オレはこの国じゃ追われる身だからな」
「そんな危険を冒してまで戻って来るなんて……」
「お前がオレを逃がした時、色々と思ったがオレはいつかお前を迎えにいくと決めていた。お前にずっと会いたかった……もっと話したいところだが、いつまでもこんな所で話しているわけにはいかねぇ。行くぞ」
有無を言わさずバーグがアナスタシアを連れて行こうとするので、アナスタシアは焦った。
「私を連れて行こうなんて無理よ。アナタは今も重要参考人として指名リストに入っているのだから」
「いつだって抜け穴ってモンはあるもんだ」
「そうだとしても……!」
「アナスタシア、お前が素直について来ない理由はアイツか?」
バーグがアナスタシアを冷たく見据える。
「“アーバン“という男だ。お前と同じ警備隊にいるな」
“アーバン”という名前が出てアナスタシアは動揺した。バーグはどこまでこちらのことを知っているのだろうか。
「直接オレが警備隊の側でうろつくわけにいかねぇから、人をやらせて探らせてみればアーバンという男とお前は仲がいいようじゃねえか」
「彼は仕事上のパートナーよ。何の関係も無いわ」
「その割にはお前にやたらと引っ付いていたって聞いたぜ」
「......あの人は、甘えたいタイプの人なのよ」
「お前に甘えるなんて許せねえ!」
バーグはアナスタシアの後頭部に手をやり、グイと自分に抱き寄せると唇を乱暴に奪う。長く噛みつくようなキスで苦しい。
「バーグ!やめて!」
「何で拒む?アイツが好きなのか?」
「そうじゃないわ!彼は関係ない……アナタとは、私がアナタを逃がした時に終わったと思っていたの。だから、こんな風にアナタが現れて混乱するのは当たり前でしょ。すぐについて行くなんて言えないわ」
かつてバーグの恋人だった時、バーグの自分を想う気持ちに少し心を動かされていたのは事実だ。だが、彼は敵対組織に属する人物であって共に人生を歩む相手ではないと思っていたから、彼を逃がしたとしてもその後つながりを持つつもりは毛頭なかった。
今はアーバンを人生のパートナーとして決めている。
「じゃあ、これからはオレと新しい人生を歩むんだ」
「私は国に忠誠を誓った身なのよ……アナタとは行けない」
「所変わればそんな気持ちも変わる……時間がねぇ。脅すようだが、これ以上拒めばアーバンという男が無事では済まねぇぞ。お前にちょっかい出していたんだ。目の前にいたら首をへし折ってやるところだ」
バーグの言葉を聞いて、アナスタシアは血の気が引いていくのを感じた。バーグは怪力で腕を鳴らした男だ。とてもじゃないがアーバンでは太刀打ちできない。
「……強引ね。分かったわ。家に戻って荷造りをしても?」
アナスタシアは、少しでも時間を引き延ばそうと提案する。
「ダメだ。必要な物は後でそろえればいい」
バーグの言葉を聞いて、アナスタシアはバーグに気付かれないように左手の小指にはめられたピンキーリングをそっと外した。
「あっちに荷馬車を用意してある。急ぐぞ」
そのままアナスタシアはバーグに腕をとられて連れて行かれた。
アナスタシアはそっと地面に落としたピンキーリングに希望を託したのだった。
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