◆番外編

アーバンとアナスタシア

アーバンとアナスタシアは南の島のリゾート地に来ていた。


「ねえ、アナタもついて来るなんてどういうつもり?」

「いいじゃないか。オレも休み欲しかったし」

「アナタ、どこに泊まるつもりよ?」

「アナスタシアと同じ部屋だよ。ツインルームに予約し直しておいた」

「私が予約した部屋を勝手にキャンセルしたわけ?どういうつもり?」

「どうせ任務の時と状況は変わらないじゃないか。別々に部屋をとるよりも安上がりだ」

「……アナタってよく分からないトコあるわよね」


アナスタシアが質問してもアーバンがのらりくらりと答えるのでアナスタシアは諦めた。確かにアーバンが言うように任務でパートナーとして組む時は同室に泊まることもある。もちろん、ただ泊まるだけだが。


「私、プライベートで来たのだから色々なお店を気ままに見たいのよね」

「買い物したらオレが荷物を持ってあげるよ」

「サービスいいわね。プライベートでもアナタがそんなにスマートだとは思わなかったわ」

「おいおい、オレを何だと思ってるの?オレはいつもアナスタシアに優しいじゃない?」

「アナタとは組織の仕事でしか関わったことが無いから分からないわ」

「じゃあ、今回の旅でオレを知ってよ」

「……」


アナスタシアは満面の笑みで話しかけてくるアーバンを不可解そうに見上げた。


アナスタシアは女性としては背が高い方だが、それでもアーバンの背はかなり高く感じられる。アーバンは童顔なくせに背丈があるので、年下なのか年上なのか一見、分かりづらい。確か歳はアナスタシアより2つ上だったと思う。


細かい花柄やペイズリー柄などのリゾート地にピッタリなドレスを扱うお店やアクセサリーショップをあれこれと覗くと、それなりに買ったものでいっぱいになった。全部アーバンが持ってくれているが。


「重いでしょ?ちょっとあのカフェで休憩しましょ。私も疲れたし」

「いいよ。オレもノドが乾いた」


路地裏の石畳に直接イスやテーブルが置かれた雰囲気あるカフェのイスに座るとウェイターが注文をとりにきた。


「王都にもオープンテラスのカフェはあるけど、ここは緑が多くてステキね」


注文カウンターの所にはアイビーがこんもりとひさしのように垂れ下がっている。


「グリーンのテーブルクロスにオレンジのテーブルクロスをレイヤードしたアレンジもステキ」

「さすが女性だね。よく細かいところまで見ている」


運ばれてきたレモネードを飲むと身体に染みわたった。


「普段、アナタはオフの時、どうしているの?」

「普通に地味に過ごしているよ。やることもないし」

「アナスタシアは?」

「私は、本を読んでる。任務とは全く関係ない時間を過ごすようにしているわ」

「オンオフはっきりさせたいってことかな?」

「……私、そろそろ組織の仕事は潮時だと思っているの。警備隊だけの仕事をしたいと思ってる」

「君がいなくなったらオレのパートナー役がいなくなるな」

「ほかにもいるじゃない。ホラ、新しく入ったラビィって子、本業は女優なんでしょ?ピッタリよ」

「あの子はフェスタと公私ともにパートナーだろ」

「オレも組織の仕事はやめようかなぁ」

「私もアナタも一気に抜けたらボスが困るわよ」


2人はボソボソとほかの人には聞かれぬ声でやりとりをする。


「なあ、こんな風に顔を近づけて話しているところをほかの人が見たら、オレたちって恋人に見えるよな?」

「見えるでしょ。こんなリゾート地に男女2人でなんて普通は来ないもの」

「ねえ、オレ達も公私ともにパートナーにならない?」


アーバンが茶目っ気を出しながら軽い調子で言ってきた。


「そういう言葉は然るべき人に言ってよね。私ももう22なのよ?そろそろ本気で相手を探したいの」

「オレだって本気で言ってるよ」


さっきまでヘラヘラしていたアーバンが突然、真面目な顔つきで言うものだからアナスタシアは驚いた。


「なぜ私?身近に丁度いい感じのがいたから?」

「ちがう。オレはずっと君を気にしていたよ。出会った時から」

「気にしていたって……そういう意味で言っているのよね?」

「そうじゃなかったら何なの?オレは君が好きだよ、ずっと」

「……ホントに?冗談じゃなくて? 全然、気付かなかったわ。自分を隠すのが上手ね」

「クールな回答だね。じゃあ、ここからはオレの本気を知ってもらうための本気のデートといこう」


そう言うと、アーバンは飲み切ったレモネードのグラスをテーブルに置き、紙幣を置いて席を立った。つられてアナスタシアも急いで席を立つ。


「まだ、私はレモネード飲みかけよ」

「またノドが乾いたらカフェに入ればいいんだ。それよりも今は時間が惜しい」


アーバンはアナスタシアの手を取ると、カフェのある路地から出て石畳の階段を降りて行く。階段の両脇には紫の花が咲き、黄色く塗られた建物に良く映えている。


「もう、そんなに急いでどこに行くの?街の雰囲気も楽しみたいのに」

「いいからいいから」


アーバンはアナスタシアと手をつないで海の方へと引っ張って行った。


どこへ行くのだろうと思うと、海際に建つ白い建物の中に入って行く。海を見るのでは無かったのか?


床に黒と白のタイルが交互に並ぶ、吹き抜けになっている部屋に来ると、正面に見える海が窓枠で絵画のように切り取られた空間に出た。


「わあ、ステキ!普通に海を眺めるよりも一層、海が美しく見えるわ」

「いいだろ?」

「調べていたの?」

「ああ。君にプロポーズしようと思って」


そう言うと、アーバンはズボンのポケットから小さな箱を取り出してアナスタシアの前でひざまずいた。


小さな箱の中身は想像通り指輪だった。


「ホントはもっと話してからプロポーズするつもりだったんだけど、オレの気持ちをもう伝えちゃったから……アナスタシア、オレと結婚してくれない?」

「……相変わらず軽い言い方ね。気持ちは嬉しいけど。簡単にイエスとは言えないわ。前向きには考えるけど」

「うわー、オレはずかしいじゃない。あっち側からオレ達のことを見ている人がいるよ。一応、形だけでも指輪受け取ってくれる?」


アーバンが困ったように言うので、アナスタシアは仕方なく指輪を受け取って喜んでいるフリをした。そのまま指輪をはめる。


こちらを見守っていた人達から祝福の声があがった。


「この指輪、私のサイズにピッタリね」

「そりゃそうだよ。オレは君のパートナーだよ?知らないわけない」


“この人、私のことをどこまで知っているのだろう?”という思いがアナスタシアの頭をよぎったが、こんな仕事をしていればいつでもそれぐらいのことはすぐに分かってもおかしくないと思い、ツッコミはしなかった。


アナスタシアはアーバンを立たせると、ギャラリーに微笑みながら通り過ぎた。


「この指輪、無くしたら大変よ。しまっておいて」

「えぇー、せっかくだからつけておいてよ。アナスタシアのために給料ためて買ったんだから」

「……こんなやり方、ズルいわ」

「オレって策士だろ?」


その日、アーバンとアナスタシアはお互いについてこれまでにないほどマジメに話し合い、恋人になったのだった。

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