Day.27『鉱物』

 この頃の星空図書館は、いつも以上に人が多い。特に、夏休みに入った途端、宿題をしにやってくる子たちが増えた。


「はぁ……疲れた」


 子どもの相手は苦手じゃないし、読み聞かせも好きだ。けど、立て続けに宮沢賢治みやざわけんじを読み聞かせしたのは、ちょっとばかりやり過ぎたかもしれない。

 宮沢賢治の童話は、一話だけなら苦にならない。少し単語が難しかったりするだけで、オノマトペがちりばめられたりしていて、読んでいても聞いていても面白い。

 子どもたちも『風の又三郎またさぶろう』の風の音や、『十力じゅうりき金剛石こんごうせき』で花たちが歌っていた歌を、幸せになれる呪文のように、楽しげに歌って唱えていた。


 だから調子に乗って童話集を全部読み聞かせていたら、最後に『銀河鉄道の夜』をせがまれてしまった。


 そうして少し賑やかな時間が過ぎて、お昼時になり、子どもたちが一時的に図書館を出て行くのを見送っていたときだった。


「愛衣ちゃん、お疲れ様でした」


 文庫本を十冊ほど抱えた来夢が後ろを通りかかった。


「来夢くんも、お疲れ様です」


 喋りすぎたせいか、喉が渇いていて掠れた声が出て、顔に熱が集まってくる。


「すぐにこれを片付けて、お茶の用意をしますね。先に部屋に行っていてください」

「すみません、ありがとうございます」


 本当なら手伝った方が良いのかもしれないが、来夢に甘えて部屋に続く螺旋階段を上がった。


 ◇

 

 ひんやりと涼しげなガラスのカップに注がれたのは、綺麗な赤色だった。


「綺麗な赤色……」

「『ローズヒップ・ルビー』という名前だそうです」


 名前を聞いてなるほど、と納得できた。不純物のない上等なルビーをたくさん集めて溶かしたようにも思えたのだ。

 ローズヒップは名前こそよく耳にするし、スーパーの紅茶売り場でもたまに目にすることもある。けれど、きちんと飲んだことはこれまで一度もなかった。 


 そっとルビー色のお茶に口を付ける。ハイビスカスティーを飲んだときよりも優しい酸味が口の中に広がった。少し立つと、きりっとした酸っぱさが後を追う。


「ちょっと酸っぱいけど、美味しいですね。頭が冴えていくような、なんだかすっきりしてきます」


 ローズヒップは、別名『ビタミンの爆弾』と呼ばれるくらいたくさんのビタミンが含まれているという。その中でもビタミンCはレモンの二十倍だとか。


「クエン酸も入っているので、疲労回復や夏バテ解消、美肌効果もあるらしいですよ」

「美肌か。日焼けしちゃった私にはありがたいな」


 なんとなく呟いた一言だったが、来夢はきょとんとした表情で目を瞬かせた。


「愛衣ちゃん、日焼けってするんですか?」


 ガツッ、と頭を殴られた衝撃が走る。 


「そ、そりゃあ私だって日焼けくらいしますよッ! ほら見てくださいっ、比べるとこんなに紅くなってるんですからっ」


 普段から外に出ない来夢の腕と、自分の腕を並べてみるのは気が引けた。愛衣の方がうっすらくすんでいるようにも見える。昨今の強い日差しのせいで、日焼け止めを塗っていても少しずつ日焼けしてしまう。外から帰ってふと見た腕や手の甲が暗く見えることが多かった。


「すみません、軽率でした」


 申し訳なさそうに眉を寄せて来夢は頭を下げた。しゅんとした表情がちょっと可哀想に見えてきて、ちょっと強く言いすぎたかなとも思ってしまった。


 ……ローズヒップ、結衣に頼んで買ってきてもらお。



 本日の紅茶【ローズヒップ・ルビー】

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