Day.25『カラカラ』

 夕刻。まだ外が明るいうちに愛衣は図書館を出ていた。

 毎回暗くなるまで入り浸るのも、蛍さんに送ってもらうのも忍びなく、今日は自分の足で帰るべく早めに帰路に着いたのだった。


 ――今日の紅茶も美味しかったな。


 今日出された紅茶は『ノルディックベリー』といって、北欧ほくおうれる黒スグリやエルダーベリーを使っている。ハイビスカスとローズヒップもブレンドされ、甘酸っぱいベリーの香りのフルーツティーだ。ティーソーダの時のように、シロップにするのもいいし、もっと煮詰めてジャムにしてもきっと美味しいだろう。


「愛衣ちゃーんっ!」


 森の前で偶然鉢合わせたのは、ひまわり依頼所の実友みともだった。


「実友ちゃんっ!」


 サンダルをカラカラと鳴らし、軽快に駆けてきた実友とその場の勢いでハイタッチを交わすと、明るい橙色のポニーテールが彼女の頭で愉快ゆかいに跳ねた。


「わ~! ひっさしぶりぃ! 結衣ちゃんにはたまに会ってるけど、なんか懐かし~!」

「そうですねっ、依頼所のみなさんはお変わりないですか?」

「ないない! 相変わらず騒動続きでにぎやかだよ。あ、賑やかっていったらね、またメンバーが増えたんだよ〜!」


「騒動のど真ん中にいるヤツが言う台詞じゃあらへんけどな~」


 実友の背後から、聞き慣れた声がけだるそうに飛んでくる。そっちの方を見やると、麦わら帽子を被った留宇が歩いてくるところだった。


「愛衣ちゃんはもう帰りなん?」

「はい、最近は午前中からいますから、あんまり長居はしないでおこうと思って」

「あらぁ、それは来夢が寂しがるんとちゃいます?」

「そうしないと、仕事もはかどらないかもしれなくて」


 世間話感覚で話していたが、どうやら彼らはこれから図書館に向かうようだ。


「これから図書館行くんですか?」

「まぁねぇ。ちょーっと来夢に頼まれごとしとって」


 なにを頼まれていたかは、うまくはぐらかされてしまった。留宇は言葉巧みに話題をらすのが上手い。愛衣もたまに、なにを聞いていたんだっけ、と分からなくなるときもあった。


 それにしても、来夢くんの頼み事ってなんだろう。


 ◆


「あー、この紅茶美味しい~」

「それはどうも」

「でもあたしアイスティーがよかったな」


 白いティーカップの紅茶を飲んだ実友が、目を細めて来夢をちらりと見た。


「愛衣ちゃんにはもーっと美味しい紅茶飲ませてるんでしょ」

「それならどうぞお帰りになって依頼所の方で飲まれた方がよろしいのでは?」


「まぁまぁ。来夢も機嫌悪いのはわかるけども。足で調べてきたのは実友なんやからな」


 二人を案内した書斎で、テーブルを挟んで来夢はソファーに腰を下ろした。

 さて、と仕切り直すように留宇が会話を切った。


「単刀直入に言うけど、その鉱石の名前を冠したブレンドティーなんやけど……やっぱりどこ探しても出てこんかったよ」

「そうでしたか」

「どこのお店もそういう名前のブレンドは取り扱っていないって。あぁ、えーっとね、『翡翠レモン』ってのはあったけどね。紅茶じゃなくてジャスミンと緑茶のブレンドティーだったよ」


 今はない紅茶のブレンド、か。

 失われたブレンドなのか、それとも……


 あごに指をやって考え込んでいると「なぁ」と留宇が声をかけてきた。


「なんでわざわざ僕たち使つこうて、こんなこと調べとるん?」

「そうですね…………キリが着いたらお話しますよ」



 本日の紅茶【ノルディックベリー】

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