Day.『摩天楼』
「あ〜、美味しい〜!」
グラスに差したストローをかき回すと、氷がカラカラと涼し気な音を立てた。
『
「今日も暑そうですもんね」
「暑そうじゃなくて、暑いんだよ」
「あはは、これは失礼しました」
お昼休みに来夢の自室で、こうしてティータイムを過ごすのもこの夏の恒例になっていた。来夢の叔父様がくれた紅茶は、温かくて甘い紅茶の日もあれば、今日みたいにきりっと冷たいアイスティーの日もある。この素敵な時間がずっと続けばいいのに、と毎日思ってしまうくらいだ。
「愛衣ちゃんは、この夏どこか出かけるんですか?」
「いいえまったく」
考えてはみたものの、これといった予定はない。あるとしたら星空図書館に来ることくらいだろうか。クラスや部活の仲間たちは国内外に旅行に行っているらしく、昨日の夜から沖縄の海や
「私はここに来られれば、それで充分です」
「それは
その時、何日か前に兄に言われたことを思い出した。
「あの、一応聞いておきますが、来夢くんはこの夏のご予定って」
すると彼はふふっと小さく笑いながら、同じようにグラスの中で、ストローをカラカラと回した。
「図書館の運営と八月の夏祭り参加、それだけですよ。どこに行っても混んでるでしょうし」
それに、といったん言葉を切った。
「僕も愛衣ちゃんと一緒に居られるのなら、それで構いません」
滅多に外に出ることがない上、学校との取り決めである『長期休暇、イベント時期の図書館運営』があるため、夏休みもなにもないのかもしれない。
「それじゃあ……明後日なんですけれど、二日ほど
「…………え?」
「あ、ええっと、来夢くんが嫌でなければ、なんですけど!」
「うーん……お泊まりですか」
「はい。あ、でも猫たちいますし、図書館のこともあるなら無理しなくても」
「え、あぁ、いえ。何度かお邪魔してますし、猫ちゃんたちのことは問題ありませんよ。図書館のことなら留宇に頼めばなんとかなりますからね」
ですが……と来夢は低い声で言葉を詰まらせる。
「本当に大樹さんや雪彦さんが許可してくれたんですか……?」
「むしろ兄からの発案なんです」
「そうですか……なんというか……危機感がない……」
「や、やっぱりそう思いますよね」
◇
「
少し強いハーブの香りが漂うキッチンで作業していた蛍さんに相談すると、まるで世間話の一端のようにさらりと流された。あっさりとした蛍さんの反応に、
「そもそも、このお
蛍さんはローズマリーをはじめイタリアンパセリやローリエなどのハーブを束ねていた手を止める。
「よくお考えになってくださいませ。来館者がいるとはいえ、それはお昼間のことで、図書館の閉館後は、実質お二人きりなのは変わりありませんでしょう。その時間帯は
蛍さんの言ったことに、確かに、と納得してしまった。図書館という施設があるから忘れがちだが、ここは来夢の『家』なのだ。
「ところで坊っちゃま」
蛍さんは視線を来夢に戻した。
「お泊まりは三日ほどのご予定でしたね」
「えぇ、一応……二泊三日を考えてますが」
「図書館を空けるということでしたら、お得意先の業者様方にご連絡なさいませんと」
「そんなことする必要あります?」
「なにかのついでに立ち寄ることもありましょう。いくらご友人が引き受けてくれるとはいえ、坊っちゃまの承認が必要な場合もあるかもしれません。お仕事上の関係だからこそです」
「えぇ……わ、ちょ、蛍さんっ!」
「わかった、わかったやってきますから! 愛衣ちゃん、少しお待ちくださいね」
「え、あ、はいっ、行ってらっしゃい」
名残惜しそうに来夢が出ていくとキッチンはまた静かになった。ローズマリーの華やかな香りがいっそう強く漂う。
「蛍さん、お泊まりの件、本当にいいんですか?」
恐る恐る聞いてみたが、蛍さんは「一般家庭を知る良い機会です」とくすくすと小さく笑った。まるで小さい子どもの成長を楽しみにする母親みたいだった。
「ところで愛衣さん。本日のお夕食は、召し上がっていかれますか?」
「……ちなみに今日のメニューは……」
「鶏肉とローズマリーソテーと夏野菜のマリネ、コンソメスープと、デザートにイチジクのコンポートでございます」
「〜〜〜っ、いただきますっ」
「ふふっ、かしこまりました」
本日の紅茶【翡翠レモン】
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