Day.16『窓越しの』

 ――かさこそ、かさこそ。


 窓辺の方から、葉がこすれるような音が聞こえたのは、星空図書館の閉館時間を少し過ぎた時だった。カラスでも来たのかな、と窓辺に近づくと、大きくてふさふさした茶色いしっぽが窓越しにひらりと見えた。


「……! リスだ!」


 窓枠の向こうから一匹のリスが、部屋の中を覗くようにひょこっと顔を出していた。クリっとした黒い目が、なにか物欲しそうに見上げてくる姿に胸が鷲掴わしづかみにされる。


「か、かわい〜」


 顔を近づけても逃げる素振そぶりもない。キョロキョロと室内を見回して、かりかり、と窓枠を引っいている。


「もしかしてこの子、、入りたがってる……?」


「愛衣ちゃん? どうされたんです?」


 扉が開く音がして、後ろから声がかかる。


「あ、来夢くん。このリス、なんだか入りたがってるみたいで」


 すると、来夢はリスを見るなり「あぁ、この子……」と漏らした。


「来夢くん知ってるんですか?」


 えぇ、とローテーブルにマスカットのいい香りがするティーセットとフルーツの盛り合わせを並べながら頷いた。


「ちょっと前から来るようになったんですよ。実は、以前クリスがこの部屋にいた時に、ここでものすごく威嚇いかくしたんです。普通のフクロウならえさの対象になるのでしょうけれど、クリスがまったく動かないので、置物と勘違いしてるみたいでして」


「なるほど。置物なら威嚇しても実害じつがいは無い、と」

「そういうことみたいです」


 ティーセットと並んで置かれた白い皿から切ったリンゴを一つ持ってくると、片手で窓を開けた。音に気づいたリスは、窓が開くと来夢の元までタタタッと走ってきた。ずいぶんと人馴れしているようだ。


「ほら、リンゴをどうぞ」


 差し出したリンゴに顔を近づけると、くんくんと鼻を動かしてやがてしゃくしゃくと音を立てて食べ始めた。その様は、まるで絵本の挿絵みたいに微笑ましい光景で、自然と笑みがこぼれた。


「愛衣ちゃんもどうですか?」

「いいんですか? それじゃあ、私もっ」


 愛衣も皿からマスカットを持ってきて、来夢と同じように差し出した。リンゴを平らげたリスは手をぺろぺろと舐めてからマスカットを両手で持ち、器用に皮をめくって食べ始める。


「わ、食べてくれました!」


 こうして見ていると、猫におやつをあげるのとはまた違う魅力があってついつい見とれてしまう。フルーツをあげすぎてしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。


 やがて、マスカットも平らげたリスは満足げにしっぽを揺らして壁を伝って降りていった。


「可愛かったですね〜」

「この分なら、また来ますかね。明日も会えるかもしれませんよ」


 小さな客人を見送ると、さやさやと風が吹いた。爽やかなマスカットの香りが風に舞って部屋中に広がっていく。


「そういえば、今日の紅茶なんだったんですか?」

「マスカットですよ。シャインマスカットも入れて、フルーツティーにしてみたんです」


 来夢はそっと窓を閉じると、ソファーへどうぞ、と手を引いて促してくれた。



 本日の紅茶【翠玉すいぎょくマスカット】

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