Day.15『岬』

「……なんか違う」


 グラスに入った自家製のレモングラスティーを訝しげにじっと見る。


 今日、図書館で出された紅茶はレモングラスティーだった。

 レモングラスティーなら庭にあるから、簡単にできるかもと思って試しに作ってみたのだが、来夢のところで飲んだものとは色も味もなんとなく違う。図書館で飲んだのはレモンの匂いが強かったし、味ももっと濃かったような気がする。


「ん〜、いろんなのブレンドされてたのかな」


 来夢の叔父様からいただいた紅茶たちはとても美味しい。成分表を教えてもらうと、いろんなハーブやドライフルーツや花びらがブレンドされているらしい。そりゃあ、さっき庭で採ってきたレモングラスだけのお茶よりも美味しいだろう。


 リビングのソファーでうーんとうなっていると、風呂から上がってきた大樹に「風呂入れー」と頭を小突かれた。


「愛衣、今度の二十三日から二十五日の三日間、泊まりで出かけてくんだけど、付いてくるか?」

「どこ行くの?」

伊良湖いらごの方。子カメの放流会があって、嵐志あらしたちがどうしても行きたいって言うからさ」

「あ〜、もうそんな時期か」


 大樹が言っているのは、名古屋港水族館なごやこうすいぞくかんが、この時期になると毎年企画している放流会のことだ。水族館生まれの子ガメを、ある程度まで成長させてから渥美あつみ半島の赤羽あかばね海岸から放流するのだ。

 愛衣も小学生のころに、兄と一緒に何回か参加したことがあった。子ガメは小学生の手のひらには少し大きかったのを覚えている。


 子ガメの放流か、とリビングのソファーに座ると白猫の桃子が隣にぴょんと飛び乗って、撫でてくれと言わんばかりにおなかを出してごろんと寝そべった。ふさふさのお腹を撫でると、嬉しそうにしっぽをブンブンと振る。


「そうだなぁ……私、残ってる。猫たちいるからそんなに家開けとけないでしょう」


 一之瀬家には、猫が二匹、柴犬が一匹、うさぎが一羽いて、さらに二ヶ月くらい前に雪彦が拾ってきた子猫もいる。生後半年経つか経たないかの子猫なので、人間全員が何日も出払うわけにはいかない。それに、その間は来夢の紅茶が飲めない。それは嫌だ。


「あー助かる。今回雪彦も行きたいって言ってるし」

「そっか。ま、楽しんでこやぁね」

「そっちも図書館行くんだろ? あんま迷惑かけんなよ」

「わかってるって」


 ほんとか〜? と言いながら大樹は自分の部屋に戻っていった。


「そうだ。なぁ。来夢くんがここに泊まりに来たら?」


 一瞬、兄が何を言ってるのか本当に分からなかった。


「はぁ?! んな恐れ多いこと言えるわけないでしょう?!」


 そもそも今のは妹を持つ兄としての発言か?!

 反論はしたものの「来夢くんなら大丈夫だろう」と部屋のドア越しに呑気のんきな声がして、頭を抱えるしかなかった。



 本日の紅茶【レモングラスティー】

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