Day.14『さやかな』
図書館を訪れると、いつも来夢が座っているデスクになぜか留宇が座っていた。
「おー、愛衣ちゃんいらっしゃい〜」
「こんにちは……来夢くんは他のお仕事ですか?」
「いいや、それがなぁ〜」
あまりいいことではなさそうなのに、留宇は呆れたように笑いを浮かべて肩を
「なんてことない、クーラー病ゆうやつですわ」
「あぁ……」
クーラー病。冷房病とも言われ、夏場に冷房が効きすぎた部屋にいると、体温の調節がうまくいかなくなって体にさまざまな不調が現れることがある。正式な病名ではないけれど、頭を悩ませている人も少なくない。
かくいう愛衣も、末端冷え性ゆえ、冷房の効いたところに長時間いると手足が冷えて、体がだるくなってくる。
「それはちょっと辛いですね」
「ま、こんな冷房ガンガン効いた部屋にずっとおったら、そら外に出た途端、体調崩すくらい考えればわかることなんやけどね〜」
「それで留宇さんが代わりにですか」
「そうです。電話口の弱った声は、愛衣ちゃんに聞かせたかったですわ」
カウンターに頬杖をついて、留宇はいたずらっぽく歯を見せて笑い、つられて愛衣も笑ってしまった。
「そんで、来て早々申し訳ないけど、来夢の様子見てきてもらってもえぇですか?」
「もちろんです。ちょっと行ってきますね。すぐ戻ってきますから」
来夢の部屋に続く螺旋階段を上がる愛衣の背に、留宇が軽く声をかけた。
「あぁ、こっちの手伝いなら心配せんでええよ。これくらいいつでもやっとるでな。もし人手が足りんかったら依頼所の面々……せやな、
でも、と言い
◆
音を立てないように注意しながら部屋の戸を開けると、図書館の中よりもほんのりと温かくなっていた。いつも耳障りにならない音量で、でもさやかに聞こえるレコードやオルゴールが、今日は静かに眠っている。
来夢は薄いブランケットを掛けて、ベッドで横になっていた。枕元には文庫本が三冊くらい積んでおいてある。眠れなくて読んでたのかな。
んん、と声が漏れて、うっすらと瞼を開いた。
「ん、あいちゃん……?」
「留宇さんから聞きましたよ。具合はどうですか?」
「えぇ、まぁ……」
身体を起こそうとする来夢を止めて、勉強机から椅子をベッドの方に引き寄せて腰を下ろした。来夢の額に手の甲を当てると、しっとりと汗をかいていた。
「まだ頭痛いですか?」
「ちょっと……でも朝よりはずっと楽です」
「食欲は?」
「いいえ、あまり。朝もほとんど食べれなくて」
「なにか胃に入れた方がいいと思うけど、無理だよね」
「そうですね。身体を温めた方がいいと留宇は言うんですが……」
勉強机の隅に、分厚い本が積まれている。その一番上に、紅茶の入った箱が置かれていた。
そっと箱を開いて、一番上のパッケージを手に取る。
「『スリーピーキャット』……?」
裏を確認するとルイボスティーをベースに、砂糖漬けのジンジャー、生姜、シナモン、香り付けのバニラビーンズがブレンドされているようだった。ホットで淹れれば、来夢も飲めるだろうか。
ちょっと待っていてください、と一言断ってから部屋を出る。
洗濯物を取り込み終わった蛍さんに教わりながら、ルイボスティーを淹れる。忙しいにも関わらず、蛍さんは「ちょうど
ティーカップじゃなくて、マグカップに入れたルイボスティーを一口飲んで、ほっと来夢は一息ついた。
「温まりますね」
「今日のお茶、砂糖漬けのジンジャーやシナモンが入っているそうですよ」
「あぁ、通りで。後味が少しピリッとしてると思ったら」
初めのうちはシナモンが香ってほんのり甘い。飲み進めていくと、ブレンドされているドライジンジャーから、来夢が言うようにピリッとスパイシーな刺激がある。この、ころころと変わる味の変化を、気まぐれな猫に見立てたから『スリーピーキャット』って名前なんだろうか。
そんなことを考えながら飲んでいると、そっと髪に手が伸びてきた。少し熱い来夢の指が髪を
「はぁ〜、なんか情けない姿見せてしまいました」
「そんなことないよ」
来夢の手に自分の手をそっと重ねる。
「前に、ラゼさんが言ってたんだけどね。恋人は、弱いところや情けないところを見せて、知って、受け入れていくものなんだって」
カップの中でルイボスティーをくるりと回し、そうですか、と来夢は声を零した。
「……ほんと、愛衣ちゃんにはかないませんね」
本日の紅茶【スリーピーキャット】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます