Day.12『チョコミント』

「あ、この紅茶、リンゴの香りですか?」


 手渡された上品な白いティーカップから、甘酸っぱい香りが立ち上る。


「そうです。今日の紅茶、『黄玉おうぎょくアプフェル』というそうですよ」

「アプ……? 英語じゃないですよね?」


 英語とはまた違った響き。聞いたことあるようなないような、やわらかい響きだ。


「ドイツ語でリンゴを『Apfelアプフェル』って言うんですよ」

「そうだったんですか。確かに、なんとなくドイツ語っぽい感じします!」


「ドイツには、リンゴを使ったお菓子や料理がたくさんありますから、それで聞いたことがあるのかもしれませんね。アプフェルシュトルーデルとか、アプフェルショーレとか」


 美味しいですよね、と言う来夢だが、愛衣は食べたことはおろか聞いたこともない。そんな呪文のような名前の食べ物とは、残念ながら縁がなかった。


「あの、黄玉ってフルーツの品種じゃなかったですか?」

「確かにブドウの品種でもあります。けど、この黄玉おうぎょくはトパーズの和名です」


 宝石の名前がついた果物……と想像しただけで乙女心がくすぐられる。

 昔から、見た目の美しいフルーツを宝石に喩える事例は数多くあるし、物語の中でもよく見られる表現だった。ルビーのようなイチゴとか、アメジストに似たブドウとか。ガーネットの和名は、その見た目から果実の柘榴ざくろが由来しているとか。

 リンゴは赤色を連想させるが、その実はみずみずしい薄黄色で、さらに蜜が入っていればなおのこと綺麗な黄色の宝石に例えられるのは当然のことだろう。


「ところで来夢くん、さっきのチョコミントの味は消えた?」


 そう聞いたとたん、来夢の表情が一気に苦いものに変わった。


「えぇ……いや、まだちょっと残ってますね……」


 遡ること三十分前。

 子どもたちが帰っていく時、いつも来てくれている女の子から「おすそ分け」と、チョコをいくつかもらったのだ。カラフルな包装紙に包まれたそれは、チョコの中にジャムやフィリングが詰められていて、食べるまで中身は分からないという、ちょっとスリリングな代物だった。最近はこの手のお菓子が流行っているのだとか。


 そのチョコを来夢と分けて食べたとき、運がいいのか悪いのか、来夢はチョコミント味を当ててしまったのだった。


「まさか、あんな味のお菓子が存在しているとは思ってもみなくて……」


 チョコレートとミント。

 相反する味を混ぜたそれは、今まで世間一般のお菓子に触れてこなかった来夢には衝撃な味だったようで、一度噛むなり顔を覆ってその場にしゃがみこんでしまった。


「そうですねぇ。チョコミントは好き嫌いの分かれる味ですから。一部過激派もいますし」


「愛衣ちゃんはこれ、好きなんですか?」

「うーん、チョコとミントの配合量とか、物にもよります。チョコミントアイスならよくコンビニでよく見かけますし」

「そ、そうなんですね……」


「あ、でも来夢くんまで好きになる必要はありませんからね」


 何度も言うが、チョコミントは好き嫌いが分かれる味だ。けれど来夢は憮然ぶぜんとした表情を隠さなかった。



 本日の紅茶【黄玉アプフェル】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る