Day.11『錬金術』

 学校終わりの愛衣が来る少し前。


「手伝ってくれてありがとうございます、留宇るう

「なにを今更。ひましてたんでちょうどよかったわぁ」


 そう言って留宇はなんてことないと片手を振った。


 夏休みに向けて新しく買い込んだ児童文学や辞典を書棚に並べていくのを留宇に手伝ってもらっていた。児童文学は海外のファンタジー……それも長編シリーズものを多く仕入れたから、今ある書棚では足りず、新しい書棚を用意しなきゃならなくて、大がかりになってしまった。


 留宇は週に四回は図書館に通っていることもあって、引きこもりで人見知りの来夢でも気軽に話せる仲だ。


「アイスティーどうぞ」

「ありがたくいただきますー」


 ストローをグラスに差して、アイスティーを飲んだ。


「あー、一仕事した後のアイスティーは最高ですなぁ」


 まるで仕事上がりのサラリーマンみたいなことを言うな、と苦笑いして来夢もソファーに座って一息ついた。


 アイスティーを飲んでいた留宇だったが、しばらくすると、にやにやと目を細めてじーっと来夢眺めていた。

 なんだか嫌な予感がした。留宇が来夢の前でこの顔をするときは、決まって愛衣のことをいじるときだからだ。


「……その顔はなんですか?」


 留宇は「いや~」と楽しそうに口元を緩めて笑った。


「このところえらい楽しそうな顔してはるから、なんかあったんかな~思っただけや」

「そんな浮かれた顔してましたか?」

「せやなぁ。鼻歌歌うくらいは浮かれとるんちゃう?」

「……はい?」


 周りからはよく無表情と言われるし、自分でも表情豊かとは思っていない。


「鼻歌、歌ってました?」

「歌っとったで~」


 来夢が歌っていたであろう曲を、ふんふーんと留宇が歌ってみせる。なんとなく聞き流していたけれど、心当たりがあって「あー……」と思わず声が漏れた。


「ほーら、心当たりあったやんか。どーせ愛衣ちゃん関連なんやろう? 留宇さんに話してみ?」

「留宇には関係ないでしょう」

「関係ないわけあるかいな。今回の本の選定手伝ったとき、ほれ、あの錬金術師れんきんじゅつし吟遊詩人ぎんゆうしじんの冒険小説、見つけてきたの誰や思っとるんです? あれぜーったい愛衣ちゃん好きな話やと思ったんですがねぇー」


 棒読みだけれど、からかいと冷やかしの混ざった留宇の言葉がぐさぐさと刺さる。なにも言い返せないのが情けない。

 留宇も悪意があって言っているわけではないことは来夢だって分かっている。けれどその言い方がちょっと意地悪なのだ。

 ぐぬ、と歯を食いしばる。しかし面白そうに視線をよこす留宇から逃れることはできず、叔父からもらった紅茶のことを話した。



「ほぉ~ん。んで、今日の紅茶の名前が【トロイメライ】やったってことで、シューマンのトロイメライが口から零れとった……と」

「愛衣ちゃんには内緒にしてくださいね」

「はいはい、愛衣ちゃんにはコレですね」


 しーっと口元に人差し指を立てて、にっと留宇は笑って見せた。

 愛衣の妹の結衣にこの話が伝わり、しばらくからかいのネタになったのは、もう少し後の話。



 本日の紅茶【トロイメライ】

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