Day.5『琥珀糖』

 今日も今日とて星空図書館を訪れると、図書館の窓から蛍さんの姿が見えた。


 図書館の窓は簡単には開かないようになっているため、ガラスをトントンと指で叩く。ちょうど洗濯物を取り込んでいた蛍さんは、すぐに気づいてくれて軽く会釈えしゃくで返してくれた。

 すると蛍さんはなにか思い出したようで、ちょっと待っていてください、と身振りで伝えてきた。


 図書館の中で待っていると、住居用廊下へ繋がる扉から蛍さんが出てきた。


「愛衣さん、お引き留めしてしまって申し訳ございません」

「蛍さんこんにちは。なにか私にご用ですか?」

「いえ、こちらをお渡ししたかったのです」


 蛍さんが両手で差し出したのは、白くてちいさな正方形の小箱で、水色と白の水引みずひきがかけられている。


「あの、これは?」

琥珀糖こはくとうです」


 こはくとう? と繰り返す。

琥珀糖は愛衣も知っている。確か、砂糖を煮つめて寒天で固めたものだ。けれど実際に食べたことはなく、どんなものか気になっていた物だった。


わたくしの行きつけの紅茶屋で、毎年夏になると販売されるものです。季節のお菓子ですし、涼しげですし、良いお茶菓子でもありますから。ぜひ愛衣さんにも召し上がっていただきたいと思いまして」

「えっ、わざわざ買ってきてくださったんですか?」


 なんだか申し訳なく思ったけれど、蛍さんは「この時期はいつも買っているものなので、お気になさらず」と言ってくれた。


 そして愛衣の肩を来夢の部屋のある方へそっと押した。


「さぁ、どうぞ坊っちゃまのところへ行ってください」

「えっ、あの……」


 蛍さんは悪戯いたずらっぽく笑って小声でそっと耳打ちする。


「私が仲良くしてしまうと、坊っちゃまが焼きもち焼かれますので」


 ◆


 来夢の部屋に行くと、来夢はちょうどテーブルに茶器をセットしていたところだった。


「こんにちは」

「あぁ、いらっしゃい。今日は早かったですね」

「金曜日だから、授業少なかったの」

「そうでしたか。それは?」

「あ、今さっき蛍さんからいただいたんです。琥珀糖ですって」


 そう言うと来夢は「蛍さん、気を遣わなくても……」とぼやいた。


「いや、気を使ったとかじゃなさそうでしたよ?」

「それが、そうじゃないんですよ」


 これを見てください、と来夢はガラスポットに視線を向けた。いつものように紅茶が入っているかと持ったら、今日のは綺麗な若葉色をしていた。


「今日のお茶は、緑茶なんです。さっきキッチンで話したときに、お茶菓子をどうしようか話してたので、きっと自分のを出してきたんでしょう」


 これじゃあますます蛍さんに頭上がらなくなっちゃうな……と困ったように肩を竦めた。愛衣もまた蛍さんにお礼しなくちゃと内心で思った。


 ガラスの茶器に注ぎ、琥珀糖と一緒にさっそくいただく。

 白い皿に盛り付けられた琥珀糖は、黄色、水色、薄紅色と色とりどり。半透明の不思議な鉱石のようで、とても綺麗だった。


 ほどよく冷やされた緑茶は美味しく、ほどよく甘くて、すっきりしている。緑茶は少し苦いと思い込んでいたけれど、とても飲みやすくて、爽やかな後味だ。


「なんか……緑茶にして甘い香りですね。でも味はさっぱりしてる」

「ラムネをイメージして作られた緑茶らしいですよ。茶葉に金平糖がブレンドされていました」

「へぇ! 素敵ですね! だから後味が爽やかなんだ」


 水色の琥珀糖をひとつつまんで、口の中に放り込む。表面がシャリシャリする一方、中がゼリーみたいにやわらかくて、とっても美味しい。


「来夢くんっ、この琥珀糖、柚子の味がしますよ!」


 ほんのり香る甘酸っぱい柚子の香りに、ラムネの緑茶はとてもよく合う。ほんと、来夢が言うように蛍さんに頭が上がらなくなりそうだ。


「……ふふっ」


 隣で声が聞こえて、見ると来夢がくすぐったそうに笑っていた。


「どうしたんですか?」

「いいえ、愛衣ちゃん、本当に美味しそうに食べるなと思って」


 しまった、と口元を手で覆う。食い意地が張りすぎたかな。恥ずかしいところ見られた。


「あ、あんまり見ないでください……」


 手で顔を隠すけれど、来夢は「わかりやすい表情も、愛衣ちゃんのいいところですよ」と微笑むだけだった。



 本日の緑茶【ラムネ】

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