Day.4『アクアリウム』

 星空図書館のキッチンでお湯を沸かしながら、来夢はパッケージの封を開けて香りを確認する。


柑橘かんきつ系か……」


 柑橘系の紅茶はいくつも存在する。レモンティーのように後付けで風味と香りを付け足すものもあれば、バーブ自体に柑橘系の香りを発するものも存在する。

 茶葉を確認すると、思った通りハーブティーのようだった。オレンジとリンゴのドライフルーツが入っていて、他にもいろんなハーブがブレンドされているようだ。


 パッケージの裏にある成分表を確認してみると、なるほど、ユーカリリーフにレモングラス、ブラックベリーリーフも入っている。その名も『ガーデンオブフレグランス』。『香りの庭』という意味だ。


 昨日飲んだアプリコットとピンクローズの紅茶といい、叔父が用意した紅茶は、どうやらクセが強いものが多いらしい。

 茶葉を入れ、お湯が適正温度になるのを待ってから抽出ちゅうしゅつ用のガラスポットに注ぐ。紅茶用の五分砂時計をひっくり返してから、お茶請けの菓子を準備を始める。


「ご機嫌ですね、坊ちゃま」


 後ろから突然声をかけられ、手にしていた皿ががちゃんと音を立てた。キッチンの入り口に蛍さんが立っていた。


「き、急に声をかけないでください」

「申し訳ございません。あまりにも嬉しそうに支度をしていたもので」

「……そんなに顔に出ていましたか?」

「はい。はっきりと顔に書いてありますから」


 滅多に笑わない蛍さんが、愛衣の話になるとくすくすと少しだけ嬉しそうに口角を上げる。


 愛衣と蛍さんは、来夢の部屋で鉢合わせてから、気づいたら年の離れた姉妹のように仲良くなっていた。たまに、来夢に内緒でこっそりお茶しているとか。なにを話しているのか聞いても、蛍さんは「女同士の秘密です」と言うし、愛衣も「内緒です」と言うだけだった。


 気がつけば五分はあっという間に過ぎていた。


 驚いたことに、柑橘系の香りに反して、水色は鮮やかで透き通ったピンク色をしていた。例えるならピンクグレープフルーツだろうか。これだけ可愛らしい見た目なら、アイスティーにしても美味しそうだ。


 別のガラスポットに注ぎ移す。こうすることで、茶葉から余計な渋みが出ずにすむ。


「……あの、蛍さん。ひとつ聞いてもいいですか?」

「珍しいですね、坊ちゃまが人にものを聞くなんて」

「馬鹿にしてますね」


 不機嫌をあらわにしても、蛍さんは表情を崩さない。それどころか可笑しそうに笑うだけだった。


「ふふっ、申し訳ございません。それで、どのようなご用件ですか?」

「いえ、その……七月の後半から、愛衣ちゃんの地元の水族館でナイトアクアリウムをやるそうなんです……それに、行ってきても、いいですかね?」


 蛍さんは少し目を見開いた後、なにかを確認するように窓から外を眺めた。


「……なにしてるんですか」

「いいえ、天変地異が起こらないといいですね」

「どうしてそうなるんですか」

「引きこもりの坊ちゃまが、そんな人混みの中に自分で行きたいと仰るものですから」

「ほーたーるーさーんー?」


 一通りからかったあと、蛍さんはふっと柔らかい笑みを浮かべて来夢の方を向いた。


「ふふっ、坊ちゃまのお好きなようになさったらいいですよ」


 それだけ言って、蛍さんはキッチンを出て行ってしまった。


「…………人の気も知らないで」


 一人残された来夢は、盛大にため息をついたのだった。



 本日の紅茶【ガーデンオブフレグランス(香りの庭)】

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