Day.3『飛ぶ』

 この日の天気も夏晴れで、気温も真夏日となっていた。学校帰りの時間帯になっても、空はまだ青く、気温も湿度もほとんど下がらないままだった。


 制服のまま星空図書館に立ち寄ると、扉を開けた途端、図書館特有の本の香りと同時にふっと冷気が身を包んで、まとわりついていた熱気を一気に吹き飛ばした。


「あぁ……涼しい……極楽だ」


 そのまま来夢の部屋を訪れると、愛衣を待っていたように、既に紅茶の良い香りが漂っていた。


「いらっしゃい。どうぞ、紅茶の用意できてますよ」


 ローテーブルに置かれたティーカップから、あたたかな湯気が立ち上っていた。外は真夏日でもホットティーなのは、冷房の効いた図書館で身体を冷やさないように、と来夢の気遣いだ。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、さっそくカップを持ち上げる。すると綺麗な紅茶の底に、さいの目にカットされたなにかが沈んでいる。


「今日の紅茶はストロベリーティーです」

「ストロベリー……じゃあ、この沈んでいるのって苺ですか?」

「はい。今回の紅茶はフレーバーティーのようだったので、果実も入れてみたんです」


 紅茶よりも鮮やかなルージュ色の紅茶からは、確かにフレッシュな苺の香りが漂ってくる。苺が好きな愛衣には、飲む前からもう美味しい。

 実際に飲んだ味も格別だった。ほんのりと甘くて、少しある酸味が紅茶の味を引き締めている。ティースプーンですくった苺も、噛んだ瞬間に染みこんだ紅茶と果汁が混ざり合って、さらに甘くなって、頬が緩んでしまう。


「とっても美味しいです……!」

「あぁよかった」

「この苺、一粒がけっこう大きいですよね? 食べ応えもあって、ひとくちで二度美味しいですっ」


 苺をもう一つ掬ったところで、ふと気づいた。


 ―――この苺、なんだか違和感があるな。


 掬った苺をよくよく観察してみると、あることに気づいた。


「あの、来夢くん」


 これから読む本を探していた来夢が「はい?」と愛衣の方を向いた。


「この苺、なんだか色が薄くありませんか? 紅色じゃなくて……薄ピンクみたいな、そう、桜の花みたいな」


 すると来夢は驚いたように目を見開いて、眼鏡を押し上げて、くすっと笑った。


「……その慧眼けいがん、恐れ入ります」

「えっ?」

「熊本県産の『淡雪あわゆき』という白いちごの品種なんです」

「しろ……いちご?」


 白いちごは、いつかテレビ番組で見たことがあった。栽培さいばい方法がとても難しく、それゆえに世界的に見ても珍しく、流通しにくい品種だったはずだ。

 今更ながら、そんな高価なものをいただいてしまっているのかと恐縮せざるを得ない。


 さすが、優雅で高貴な来夢様と呼ばれているだけある。こうした珍しいものも手に入ってしまうんだなぁ。


「それ、筒井つついさんからの頂き物ですよ」

「筒井さん?」

「『番長』さんですよ。ひまわり依頼所のリーダーさん」

「あぁ、番長さん……えっ!? 空さん!?」


 思ってもみない名前が出てきて、大声が出てしまい、すぐさま小声で謝った。


 なんでも、依頼のお礼として送られてきたものだという。ひまわり依頼所には、愛衣の妹の結衣が出入りしているから、そこから愛衣が苺好きと聞いたのだろう。


「こ、今度、空さんになにかお礼しなきゃ……」


 結衣なら知っているかもしれない、と、帰ったら聞いてみようと思う愛衣だった。



 本日の紅茶【ストロベリーティー】

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