白菊の詩
菊池昭仁
第1話
『白菊の歌』
作詞作曲:神長瞭月
身にしみわたる夕風に 背広の服を
練習船のメインマスト トップの上に立ち上がり
故郷の空を眺めつゝ あゝ父母は今
吾が恋人は今
海軍兵学校は若者たちの憧れであったが、松本三郎は軍人になることに興味はなかった。
松本は世界中を航海する商船士官になって、将来は船長になることを夢見て、当時の難関である商船学校へと進学した。
商船士官の養成学校は明治8年11月1日に三菱商船学校から始まり、商船航海学校、商船私学校となり、商船学校となった。
その後、東京商船大学、神戸商船大学が設立され、さらに全国に5校の商船高専が開校したのである。
現在は東京商船大学は水産大学と合併して海洋大学となり、神戸商船大学は神戸大学に吸収される形となってしまった。
日本の満州建国等により、米国との緊張が次第に高まって行った。
商船士官は海軍士官とほぼ同じことを学んでいるために重宝に利用された。
三郎も航海士見習として、戦艦『長門』にも乗艦した経験があった。
航海技術と知識は兵学校出身者よりも勝っていた。
「国家総動員法」が発令され、三郎たち商船士官たちは真っ先に徴兵され、インドネシア航路の油槽船に航海士として乗船させられたのが第二八紘丸であった。
八紘とは「八紘一宇」、つまり日本が世界をひとつの家として統治しようという全体思想である。
始めのうちは海軍の護衛がついての航海であったが、戦況の悪化と共に海軍の護衛はなくなり、武器を持たない丸腰の船のまま、アメリカの潜水艦がウヨウヨ潜んでいる海へと投げ出されて行ったのである。
その日は酷い嵐の夜だった。あと1時間ほどで航海当直の交代の時間になっていた。
三郎は操舵手の三浦と話をしていた。
「こんな嵐なら、アメリカの潜水艦に襲われることもあるまい」
「そうですね?
三郎がタバコを吸おうと船橋の外に出た時、魚雷が本船に向かって来るのが見えた。
「・・・」
終わったと思った。
だが魚雷は不発に終わった。
すぐに時間差で二発目がやって来ると判断した三郎は大声で三浦に叫んだ。
「面舵一杯!」
大型船はすぐには曲がることが出来ない、二発目の魚雷がすぐにやって来て本船に命中した。
ところが船の鉄板が薄かったために、魚雷は船橋部分を貫通し、三郎のいた反対側で爆発した。
船橋の窓が爆発の炎で真っ赤に染まった。
幸運にもその後の潜水艦からの攻撃はなく、嵐だったことも幸いし、本船はなんとか日本に石油を届けることが出来たのである。
応急修理をしてすぐにまた、インドネシアへと命じられた。
「今度こそ、死ぬかもしれんな?」
三郎はまるで他人事のようにそう諦めていた。
三郎には故郷に君江という
祝言も挙げず、実家に帰る事も出来なかった。
「君江に会いたい。俺は死ぬまでこの海を彷徨うことになるのだろうか? なぜ俺の青春は戦争の犠牲にならなければならないのか?」
三郎の想いは沈んでいた。
戦うことも出来ず、ただ米国潜水艦の標的にされるだけの「死の航海」だった。
ある意味それは特攻隊よりも壮絶で過酷だ。
自分の意志とは関係なく、戦場の海を特攻するのと同じだった。
自分で死を覚悟して戦うのと、犬死にするのとでは雲泥の差がある。
三郎は父母と君江に遺書を書いて送った。
白菊の詩 菊池昭仁 @landfall0810
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