0.2秒の走馬灯

上海X

置き手紙

 拝啓――――そこにいない君へ


 こうして書くことに意味はないが、君と私が確かに『ここ』に居た記録を残したくて書くことにするよ。

 それに、もし君がここにいたとしても、これを君が見ることなんてないのだろうから。


 案外、人というのは死ぬのが呆気ないそうだ。といっても君は知っているか。

 あのとき「無限に生きていたい」と言った私は今じゃこのザマで。

 多分君が見たら笑うだろう。喋ることもままならず息をすることもままならず。

 時折死にたくなる情動に任せて今こうして河の前に立っているのだから。


 あぁ、そうかごめん。もうじき『立っていた』の方が正しいかもしれない。

 細かいと君は小言を吐くだろうな。容易に脳裏に浮かぶよ。


 あのとき「死ねるならば今すぐに死にたい」と言った君は今じゃそのザマだ。

 私が観測できることではないのだろう。だって、君の顔を確かに見たのは…………いつぶりだっけか? すまないすまない忘れてしまったよ。まぁそう怒らないでくれ。君だって私の顔なんて忘れ――――いや、不毛だな。

 私だって今君と会えるのならば腹が捩れるくらいに笑うだろうさ。涙を浮かべてね。

 声に出せない情動に任せて走り出すだろうさ。


 さて、そいえば。

 君の家族はどうだろうか。生きているか死んでいるかは定かではないが、私も世話になったんだ。肴くらいにはさせてくれよ。後で私の家族の話だってしてやるからさ。

 そこまで世話になってない? 馬鹿言え。君に関係しているのだから、私にだって口を挟んでもいいだろう。親愛なるお前の家族なんだから。

 気持ち悪いって思ったろ。俺だっていつもならそんなこと言わねぇよ。あくまで死に際だからだ。


 話を戻そうか。

 私の家族は元気だったよ。私の知りえる中でね。――――? いやいや、別に深い意味はないさ。君の家族とおおよそ同じだ。

 至極単純な行く末だろうから、語るまでもない。今度会ったら聞かせてやるよ。


 昔みたいにまた笑って話せる日が来ることを切に期待してるよ。

 君と会話が途絶えてから何日。何か月。何年経ったのか、最早今の私では数えることすらできないが。

 君と出会えたことには心から感謝しているんだ。心から楽しかったんだ。

 とても長い年月を共にした。私の中では掛け替えのない程大きな存在だ。

 願うならば君にとっても私が同様の存在であったなら、うれしい。

 改めてここで言わせてくれ、ありがとう。

 本当はもっと話したかった。もっと笑いたかった。

 夏祭りだって行きたかった。

 酒を酌み交わしたかった。

 言葉を交わしたかった。

 もっと。もっと、


 あー……小っ恥ずかしいセリフなんて聞いても私が顔を埋めたくなるだけだよ。

 まぁなんだ。旅の恥は掻き捨てというからな。死出の旅路にゃ皮肉もいいとこだろうがな。


 ここいらで終わるとしようか。私も限界だ。

 君だって、こんな長ったらしい文章を読むのは不得手だろう? 知っているとも、どれだけともに過ごしてきたと思ってんだよ。こっちだって、震える手で綴ってんだ。


 最後に、一つだけ。

 お前は幸せだったか? 俺は、滅茶苦茶幸せだったぜ。

 死ぬほど辛い選択をして、死ぬほど楽しい思いをして、死ぬほど悲しい結末に至って、死ぬほど面白い人生ができた。

 過去に手を伸ばせないのだから、今更になってこうして綴ることを許してほしい。

 もしどこかでこれをお前が見ることがあるのなら、絶対に後悔しないようにだけ、して欲しい。俺からは以上だ。




P.S.あぁ、窓の向こうは――――――雲一つない青空だよ。


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