goodの呪い、嘘の香り

星るるめ

第1話

 僕は毎日何かしらの文章を書いている。これで何か成し遂げようなんていうわけではなく、楽しく生きるための趣味の一つとして。


 だから「僕の書いた渾身の作品をどうか見てくれー!!」みたいな情熱的な気持ちがものすごくあるわけではない。


 でも僕も人間なのでやはり欲はあり、誰にも読まれなくていいやと思っているわけではなかった。せっかくなら自分以外の誰かにもちょっとくらい読んで欲しい。そんなふうに思って一年程前からカクリズム、memo、文豪侍、ツブッターなどにアカウント登録して細々と投稿を始めた。


 誰かに読んでもらえると思うだけでテンションもモチベーションもぐんと上がったし、いいねとかフォローとか好意的なアクションがあるとやっぱり嬉しかったりして。


 これがいけなかった。いいことなんだけど本当にいけなかった。


 ひどく軸のしっかりしていない人間である僕は、閲覧数だとか評価の数とかフォロワー数とか目に見えるデータに影響されて、知らないうちにそれに振り回されるようになってしまった。


 気にするもんじゃないってわかっていても、結局心の底で、頭の奥で、めちゃくちゃ意識してしまうのだ。


 こうなって僕は僕らしさをどんどん失い始める。


 本来僕の作品には深い意味なんてない。自分でそこまで言い切るとなんだか切ないけれど事実だ。ある時の強い感情や思いでぶわっと書いているので一貫性などもたぶんない。


 でも作品の一つ一つは、ある時ある瞬間に確かに僕の中に存在した嘘のない気持ちから生み出されたものだ。それだけは自信を持って言えた。そしてその時々の自分の中身を自由にさらけ出せることが、文章を書くことの最大の楽しみでもあった。


 それなのに、人に読まれるってことを変に意識し過ぎて「正しい文章」であろうとしたり、やたら添削をしたり、何か意味を含ませようとしてみたり、妙なことをし始めるようになってしまった。


 そうすると最初に感じた思いとまったく真逆のものになっていたり、これ誰の真似だよって自分でも思うような、僕らしさのかけらもないものばっかりできあがるようになる。


 人気の誰かの真似ごとや誰かに媚びた風の作品で、いつもより少し多くいいねをもらって、それでもいっときはそれなりに満足していた。


 だけどやっぱりこれは違う。こういうことをやりたかったわけじゃない。


 僕は仕事で書いてるわけじゃない。別に何者でもない。単なる趣味でやってるからこそ、媚びて自分らしさをなくしたら終わりだ。好きなように自由にやれなかったら書くことを趣味にしてる意味がない。


 別にプロでもアマでも何でもないんだし、何か期待されてるわけでもないんだから、例えば文章に大きな矛盾があったってそんなに問題じゃない。たぶん誰も気にしないし、もっと言えば支離滅裂だろうがなんだろうが、それが僕の作品の本当なのだから別にそれでいいはずだ。好きなように書こう。誰にも評価されなくても。


 そういう大事なことに気付いて、また以前のように自由に書けるようになってきた頃から、僕にちょっと不思議なことが起こり始めた。


 文章から匂いがするようになったのだ。全ての文章というわけではなく一部のものから。


 初めに匂いを感じたのは、僕が少し前に書いた僕らしくない媚び系の恋愛詩を読み返した時だった。なんとなく嗅いだ記憶のある匂いがぼんやり鼻に香ってきて、異臭とまではいかないがなんだか嫌な感じがした。



 次に同じ匂いを嗅いだのは、これまた思ってもないようなことをまとめたエッセイ的な作品を読み返した時だった。そしてその時に、それが何の匂いなのかはっきり思い出した。火葬場の匂いだ。7年前亡くなったおばあちゃんを見送った時の記憶が一緒に思い出された。


 何でだろう。何でこの匂い?理由は全くわからないけど、なんとなく自分を偽って書いたような、魂のない作品からこの匂いがするのかな。そう思って他にもいくつかそういうのを読み返したら大当たりだった。


 そしてこの匂いがするのは自分の作品からだけじゃないってこともそのあとすぐわかった。


 あからさまに嘘っぽいものだけじゃなく、めちゃくちゃ感動するような他人の文章や作品からもこの匂いを感じることがある。そんなとき本当にすごく複雑な気持ちになった。


 だけどそれも最初のうちだけだった。今では慣れたものだ。あぁこの作品はそういう感じか〜ってなくらいに軽く流せるようになった。


 ちなみにこの妙な現象は今現在も続いている。何でなのか詳しく調べたことはない。なんか怖いから。火葬場の匂いが実際何の匂いなのかもなんとなくわかっているけど、やっぱりちょっと怖いからそこも詳しく調べたりはしてない。


 よくはわからないけど、この現象のおかげで僕は僕を偽ることなく、元通り思うように自由に文章を書けるようになった。だから気持ち悪いってよりはすごくこれに感謝している。



 こんな感じで今回の文章は僕のどうでもいい不思議体験の告白だったのだけど、今回僕が書きたいことはこれなので仕方がない。


 だってあの匂いを自分の文章からはもう嗅ぎたくないからね。







 あれ????おかしいな。

この文章のどこにも嘘偽りなんてないはずなのに…。



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