第二〇話 一つの着地点

 ヴェルナーの気迫に呑まれたパレット含むミストゥル家の面々は動けずにいた。そのとき、空からバリーとホッドが降りてくる。


 バリーは眉間に皺を寄せて口を開く。


「なぜ貴様らミストゥル家の連中がいる! 聖十二族せいじゅうにぞく同士の領土は不可侵の決まりがあっただろ!」


「副師団長! どうすれば!」


「だ、駄目だ……師団長がいないとこの人達には敵わない……!」


 パレットはイーグロ抜きで師団長クラスの人間を二人も相手にできないと判断し、逃げ場はないと感じていた。また、ヴェルナーの気迫によって戦意喪失していたこともあり、抵抗する危害をなくしていた。


(終わったか……さすがに魔力がすっからかんだ)


 ヴェルナーは腰を下ろして地面に座ると意識を失いかけて頭を押さえた。


「まずいな、戦う度に気絶してたら世話ないぞ」


 今回も限界を越えて体を酷使したため、魔力も体力も底を尽きていた。


「ヴェルナーさん……!」


 メイリースとザッケロがヴェルナーに駆け寄る。


「本当に……ありがとうございます……!」


 メイリースはイーグロを倒したヴェルナーに感謝の気持ちを込めて礼を言っていた。


「俺は俺のために戦っただけだ」


「それでも、私達は自由の身になれました。ありがとうございます」


 メイリースは二度お辞儀をした。


(……前世でこんなに人に感謝されたことはなかったな)


 ヴェルナーは初めての体験にむず痒い思いをしていた。

 

「まさか本当にイーグロに勝つとは………とんでもない逸材が大陸に現れたもんじゃ」


 ザッケロはもはや驚きを通り越して呆れていた。


「魔石と結界魔術のおかげだ。結界魔術は術の規模が大きいほど発動に時間がかかるからな、魔石で魔力を補ったから魔力供給の手間がないおかげで術が上手く起動してくれた」


「ほっほっ、そうか……とにかくわしからも礼を言うぞ」


 ザッケロは初めて穏やかな表情を見せていた。


 そのときヴェルナーの意識が揺らぐ。


「くっ!」


「ヴェルナーさん……!」


 ヴェルナーは倒れそうになるとメイリースは両手でヴェルナーの上体を支える。


「ガラルホルンの連中には俺がお前達を助けるために戦ったということにする。大義名分が必要だ協力しろ、後はザッケロに投げ渡した紙を燃やして――」


「それ以上、喋らなくていいです。便宜は図ってあげます、せめてもの恩返しです」


 メイリースは強く頷く。ザッケロも孫に続き、強く頷いた。


「本当だろうな…………」


 力のない声でヴェルナーが呟くとバリーが近づいてきていた。


「お疲れのところ悪いがヴェルナーよ。詳しい話を後で聞かせてもらおうか」


 バリーはヴェルナーを警戒しつつ話しかけていた。


「ヴェルナー殿はお疲れのようなのでわしが話しますじゃ」


「お主は?」


「サンドラ家当主のザッケロです。此度はヴェルナー殿に助けていただいたのです」


「ふむ」


 バリーは警戒を解き、一先ずザッケロの話を聞こうとしたとき、


「あっ!」


 メイリースが思わず声を出す。ヴェルナーは体を弛緩させて気絶していたからである。


 一方、バリーと共に来たホッドは後からやってきた部下達にイーグロの部下を捕えるように指示していた。


「大人しくしろよ! 抵抗しなければ何もしないからな!」


 ホッドは念の為にミストゥル家の魔術師が逃げ出さないように口を尖らせていた。


 ヴェルナーは薄れゆく意識の中、


(たかがイーグロ一人でこのザマか……だが今回の戦いを経たことで俺はもっと強くなれるはずだ)


 今回の戦いを反省しつつも、体と魔力を酷使したことでサークルが上の段階へと至るのを感じていた。


 ――――それから、ヴェルナーがイーグロと戦ってから一晩が経過していたが、いまだにヴェルナーは深く眠り続けていた。


 その間にガラルホルン家邸宅内の会議室にはファブニル家のセレナードとライド、サンドラ家のザッケロとメイリース、ガラルホルン家のバリーとホッドがいた。


「あの男は自分らの領土と家族を守るために戦ってくれたんじゃ、結果的、ガラルホルン家も救った彼はまさにえ……」


 ザッケロはヴェルナーを英雄と言いそうになると思わず口噤んでしまっていた。


 イーグロの性格を突いた戦術、止めを刺すときの爛々とした目、打算的な行動、森に魔法陣を展開していた用意周到さ、相手を挑発させるための煽ったことを鑑みて英雄というより梟雄と言えた。


「わしらにとって救世主じゃ」


 ザッケロはこの場で梟雄と言うとまずいと思い、救世主として言い換えた。


 セレナードはザッケロがヴェルナーのこと英雄と言いそうになったことに気づいていた。


(英雄と言うには戦い方が邪道なのは分かるわ)


 彼女は怪訝そうな顔をしながらザッケロの心境を推し量っていた。


「彼は強い人です。どんな逆境にも負けない素晴らしい人です」


 ザッケロに続きメイリースがヴェルナーについて語る。


(それって貴方の感想よね)


 セレナードはアホの子を見るような目でメイリースを見ていた。


 バリーは咳払いをしてから口を開く。


「事情は分かった。ヴェルナーの行動によってサンドラ家ではなくガラルホルン家と私の命が救われた。これについては感謝するが……ううむ」


 バリーはホッドの顔を見る。


「そうだなぁ……イーグロには非があった。過去に多々、聖十二族せいじゅうぞくが陰で暗躍し殺し合いがあったとはいえ……十五の少年に師団長が殺されたのは大陸全体に動揺が走るだろうよ。聖十二族が舐められる、師団長と並ぶ新たな実力者自体が権威ある存在となっちまうな」


「とんでもないことやらかしおったな……」


 バリーとホッドは頭を抱えていた。恩もあるうえにガラルホルン家で古代魔術を教えてくれたヴェルナーは有用であり強者であることも踏まえて縁を繋いでおきたい存在であるがそれと同時にガラルホルン家六人目の師団長と思われる可能性もある。


 聖十二族は五人まで師団長を設けることができる。師団長と並ぶ実力者として当主やその後継者もいるがそこに師団長クラスの実力者がもう一人増えれば聖十二族のパワーバランスが崩れてしまう。


 無下にできない存在でありながらニサークルで驚異的な強さを誇る少年は扱いづらい存在だった。


 ただ、聖十二族と距離をある程度置いてファブニル家の力を強くしたいヴェルナーからすれば、ガラルホルン家に扱いづらいと思われているのは好都合だった。


 バリーは今後取る方針の結論を出す。


「ガラルホルン領にミストゥル家が侵入した以上、両当主は皇帝陛下に呼ばれて諍いを止めることを命じられるであろう。ファブニル家、サンドラ家、トルネイド家も同様に陛下に呼ばれるはずだ。三家の領土についても帝都に赴き、各々が話し合い帝国側に一つの案を提出するのが最善であろう」


 彼の言葉にセレナード、ライド、ザッケロ、メイリースがこくりと頷く。


 それから、ガラルホルン家はサンドラ家の人質を救うために第三魔術師団の師団長であるホッドが部下を連れて出撃した。サンドラ家の領地にいるのはイーグロが率いてた師団の一部である。戦闘になってもガラルホルン側に師団長であるホッドがいるので、敗北することはない。


 ――――ヴェルナーがイーグロと戦ってから2日経った頃。ヴェルナーはようやく目を覚ました。


 上体を起こし周りを見るとガラルホルンの宿舎内にいることが分かった。


「随分と時間が経った気がするな」

 

 ヴェルナーはベットから出て窓から外を見る。


(おそらく、俺が目を覚ましてから当主達が皇帝の判断を仰ぐために帝都へ向かうだろう。それに俺が表立って師団長を倒すことが知られてると聖十二族のパワーバランスが崩れる。きっと、皇帝直々に俺に箝口令を敷くはずだ)


 彼は今後起こることを予想していた。そして、自由の身であることはザッケロとメイリースが自分のことを言いように話してくれた証拠であると思っていた。


(前世で弟子に刺された俺が人を信頼するとはな……だが……今回だけは信頼してよかったかもな……ふっ、こんな甘いことを考えてるから俺は刺されちまったのにな)


 ヴェルナーは相反する二つの心に困惑していた。彼は気を取り直して首を横に振る。


「さてと……いまだにファブニル家は不安定だ。まずは地盤を固めなければ」


 ヴェルナーは帝都でファブニル家、サンドラ家、トルネイド家の当主らが領土問題について話し合うことが目に見えていた。サンドラ家はすでにファブニル家というよりヴェルナーに与している。後は魔術師がほとんどいなくなったトルネイド家を取り込むだけだと考えていた。


 転生してから休む暇もなく、地盤のないまま彷徨っていたがようやく一つの着地点が見えた瞬間であった。


§


・あとがき

以上で一旦完結させていただきます。

元々、公募に出していた作品で落選したので書いている部分まで公開しました。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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従者となった凶乱の大魔王は二度目の人生でも最強を目指す ネイン @neinneinstorystory

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