第一九話 疑似的なサークルの生成
ヴェルナーとイーグロは互角の攻防を繰り広げていた。イーグロは技量のみで自身と渡り合っているヴェルナーを恐れていた。
「お前は危険だ! ここで殺さなければ! お前が今以上に成長すれば世界のバランスが崩れる!」
イーグロは飛び回りながらヴェルナーが結界魔術で出した八又の龍の攻撃を掻い潜りながら暗黒の矢を飛ばし続ける。
(数十年、いや数年すればこいつがどう化けるか分からん! もし今のわしと同じくらいだったら……こいつに勝てる気がせん!)
「くそ、馬鹿みたいにうちやがって……! 体力が追いつかねぇ……!」
ヴェルナーは冷や汗を掻きながら八又の龍の首を跳び回りながら攻撃を避けていた。
力、速さだけではなく体力が劣っていたヴェルナーの疲労度はイーグロを遥かに超えていた。
(奴の隙ができる瞬間まで奥の手を使えない……!)
ヴェルナーはイーグロの隙を窺っており、それはいつか必ずくると思っていた。
「早く、来い……!」
そして、そのとき
「イ、イーグロ師団長!」
ミストゥル家の魔術師団が来ており、さらに宙からガラルホルン家の者が二人来ていた。
「なんだこの戦いは……!」
「……おいおい! マジかよ、あいつ噂のニサークルの魔術師だろ……!」
一人はガラルホルン家第四魔術師団の師団長であるバリー。
もう一人はバリー同様、金の刺繍が入った白ローブを着ているロングヘアーの赤髪と赤い瞳を有する男性。彼はガラルホルン家第三魔術師団の団長であるホッド・ポケ。バリー同様に六サークル一段階の魔術師で中年男性でもある。
「バリー……!」
イーグロは思わずバリーを見ていた。激昂し、二人は睨み合う。その隙を逃すヴェルナーじゃなかった。
戦いの規模が大きくなれば、ガラルホルン家の誰かが来ることは明白だった。そして最初に駆けつけるのは空を自由自在飛べる六サークル以上の魔術師になるのでバリーは必ずくると思っていた。
刹那の瞬間――
(擬似サークル生成!)
――ヴェルナーの体から黄金色の魔力が吹き出す。
彼はコアに魔力を溜めており、戦闘の際に解放していた。そして、コア・サークル連結式魔術回路により、溜めた魔力を利用できる分、同格の魔術師より魔力量は多い。
そして、コア・サークル連結式魔術回路にはもう一つ使い方がある。コア内にある全ての魔力を消耗することで一時的にサークルを増やすことができるのだ。
そして、ヴェルナーの体から黄金の魔力が吹き出したかと思えば彼は龍の頭から跳躍する。
「『
ヴェルナーが出した八又の龍は一又の龍となり、残りの七又の龍は黒色の魔力となってヴェルナーの右腕に収束する。
「あれはまずい!」
イーグロはバリーやホッドを気にしながら向かってくるヴェルナーを脅威に感じていた。
(だが、やつは空中を自由に動けん! この翼さえあれば避けるのは容易……!)
空中にいるヴェルナーは不自然に魔力量が向上し続けていた。
(ニサークル一段階突破……二段階……三段階……四段階……五段階………三サークル到達!)
「ば、馬鹿な⁉︎」
バリーはヴェルナーが三サークルの魔術師となったことを感じ取る。
バリー、ホッド、メイリース、ザッケロ、ミストゥル家の魔術師はヴェルナーに対して驚嘆、感嘆、畏怖、脅威、理解不能といった様々な感情が胸中にあった。
バリーは急上昇してヴェルナーを回避しようとした。
「そっちに逃げたかぁ! イーグロ!」
ヴェルナーがそう言った瞬間、残っている一又の龍がヴェルナーの背中を叩きつけてイーグロのところへと向かわせた。
「なっ⁉︎」
目前にヴェルナーが迫ってきていたのでイーグロは目を見開きながら黒翼に魔力を目一杯送り、黒翼を巨大化させ、体の前で交差させた。魔力によって大きさだけではなく硬化もされており、生半可な技ではこれを打ち破れない。
「うおおおおおおおおおおお!」
ヴェルナーは右拳を黒翼に向かって振り、右腕に纏っている黒色の魔力をぶつけた。
「こんなやつに! わしは負けるわけにはいかぬ! わしは五人いる師団長の中で最古参でもある! 『黒翼の鷲』を舐めるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
イーグロのはさらに黒翼に魔力を送り、より翼を強固にしていたが、
「三サークル一段階突破……!」
「なっ!?」
ヴェルナーの発言で思わずイーグロは口をあんぐりと開けていた。
彼の擬似サークルはこの間にも作られていた。
「三サークル二段階! 三段階!」
「ば、馬鹿な! こんなことが! こんなことが!」
底上げされたヴェルナーの魔力と黒色の魔力によってイーグロの翼に亀裂が入る。
「やめろ、やめろぉ!」
イーグロは生まれて初めて恐怖を感じていた。もはやヴェルナーは理解の範疇を越える化け物だと思っていた。
それはイーグロと同じ実力を持つバリーとホッドも同様だった。
「ヴェルナーのやつ……このままだと四サークルに到達する」
「おいおい……おいおい、あの爛々とした目を見ろよ、凶気的だ」
ヴェルナーはニサークルの魔術師でありながら六サークルの魔術師を倒せるという喜びが胸中にあった。こんな経験は前世でもなく、気分が高揚していた。
「――――四サークル一段階到達! これが今の俺の全力だ」
「そ、そんな……!」
イーグロが怯えた声を出していると、ついに黒翼の翼は砕け散る。
そして、ヴェルナーはイーグロの胸に向かって黒色の魔力を纏った腕で正拳を繰り出すと黒い魔力を放出してイーグロの体を呑み込んでいく。
「ぐあああああああああああああっ!」
イーグロは絶叫したあと嘘のように声が消え失せていた。
ヴェルナーは攻撃を加えた後、四サークルから二サークルの魔術師に戻り地面に落ちていった。
「ぐっ!」
ヴェルナーは余った魔力でなんとか地面にぶつかった瞬間の衝撃を和らげた。
「ふっ、くっくっ……やった……やったぞ……」
疲労困憊のヴェルナーは笑いながら立ち上がった。
「お、お、おい! お前」
すると、ミストゥル家の魔術師達が駆け寄ってきて一人の男が恐る恐るヴェルナーに話しかける。彼はヴェルナーが宿屋に霊体を潜入させたときにみたイーグロの次に厄介だと思った四サークル一段階の魔術師だ。名前をパレット・ダナと言う。
「お前は……実力からして副師団長か……」
ヴェルナーは冷めた目でパレットを見る。その雰囲気にパレットを呑まれて怯えたような声を出した後に口を開く、
「そ、そうだ! 名前はパレット・ダナだ! し、師団長をどうした⁉︎」
「くっ……くっ、はっはっはっ! 師団長を、イーグロをどしたかって⁉︎ 見て分からないのか!」
ヴェルナーは宙を指差す。そこには何もなかった。
「ま、まさか!」
パレットは青ざめた顔をする。
「消し飛んださ……この世からな……」
ヴェルナーが爛々とした目をパレットに向けると、ミストゥル家の面々は怯えた表情で後退りしていた。
「ば、化け物が……!」
「ふ、副師団長! 今のこいつは疲れてます! 俺達なら倒せます」
「そ、そうだ! 全員でかかれば!」
「あ?」
ヴェルナーがドスの効いた声色を出すとミストゥル家の面々は押し黙る。
「俺に勝てると思ってるのか? 虫ケラのように殺してやるよ……イーグロみたいにな」
「師団長が……虫ケラ……」
パレットはヴェルナーの気迫に気圧される。見るからに疲労困憊のはずなのに圧倒的な風格を醸し出していた。それは大陸最強だった前世の名残り故だ。
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