第一八話 ヴェルナー対イーグロ
六サークル以上の魔術師ともなれば、有り余った魔力で空を自由自在に飛ぶことができる。制空権を握るため、同じ上級魔術師といえど五サークルと六サークルの魔術師の間には大きな壁がある。
そして今、ヴェルナー達の上空に六サークルの魔術師であるイーグロ・カルロがいる。
「バリーの野郎はどこにおるのだ!」
イーグロは瞳孔を開いて叫ぶ。
(部下を連れてくるとは思ったがバリー殺したさに一人で飛んできやがったか)
ヴェルナーはザッケロに渡した手紙に、バリーが今いる森に来ると記載しているため、いずれイーグロが来るとは思っていた。そのため、イーグロが来る前にザッケロを倒し、離反させることが目的だった。
とはいえ、ザッケロとメイリースはそもそも親族と領土を人質にされているため、その安全が確保されるまで表立ってイーグロに反抗することはできないのは誤算だった。
もし、ヴェルナーの手助けをした場合、イーグロが何かしらの合図で二人の親族を殺害してしまう可能性があるからだ。最もイーグロ自身にそんな手段はなく、人質はサンドラ家の邸宅にいるため今すぐに殺されることはない。
ヴェルナーは二人に小声で喋る。
「俺に賭けた以上、黙って戦いを見ててくれ、お前達の人質が殺されてしまえば俺に加担する理由もなくなるからな」
ザッケロとメイリースは黙って頷いた。
「なにをこそこそしておる……というか貴様誰だ」
宙にいるイーグロは少し下降し、ヴェルナーを怪訝そうな顔を見る。
「見て状況が分からないのか?」
イーグロは強気なヴェルナーに苛立ちながら、ヴェルナーが右手に集まってる稲妻の塊と焦燥したザッケロを見て得心する。
「くっはっはっ! ニサークルの魔術師に追い詰められるとはザッケロも焼きが回ったな」
イーグロはザッケロを小馬鹿にしながらもヴェルナーの雷を一瞥して逡巡する。
(なんだあの魔力が圧縮されてる雷は……ニサークルの魔術師ができる芸当じゃない)
イーグロはヴェルナーが何かしらの魔道具を持っていることを危惧していたが
「おい、バリーはどこだ」
彼の目的は過去にサークルを損傷してきたバリーなのでヴェルナーに用はなかった。
「バリー師団長ならイーグロ程度なら俺一人で倒せると言ってたからな……俺があの人の代わりに相手することになってんだ」
「なん……だと…………」
イーグロは身体をわなわなと震わせ、頭に血管を浮かべた。
「貴様ごときが私を倒せるだと! 消し炭にしてやるわ!」
(来る!)
イーグロは急下降し、ヴェルナーに対して拳を振るう。
「【凶乱流秘伝魔術・
ヴェルナーは三体の分身を出してイーグロに向かわせる。イーグロはヴェルナー本体の気配が消えたのを感じ取りながら、腕を振るって魔力を飛ばし一気に三体の分身を消し飛ばす。
「……! 後ろかぁ!」
イーグロは咄嗟に背後を振り向く。そこではヴェルナーが跳躍し、イーグロの背中に雷を球を投げつけていた。
(当たれ!)
倒せはしないが相手に深傷を与えることができると思ったヴェルナーだったが、
「くっ!」
彼は悔し気な声を上げ、上方へ急加速して逃げていくイーグロを見据えた。雷は誰もいない宙へと飛んでいってしまった。
「あれは二級魔道具か」
ヴェルナーはぽつりとイーグロを見て呟く。彼は背中から黒翼を生やしていた。
「まさか貴様にこれを使うとは……それにこの
魔剣や魔道具には五級から一級のランクがあり、一級の上が特級と名付けられている。ランクが高いほど希少性があり、内包できる魔力も多くなる。ちなみにヴェルナーの前世での死因の一つとなった魔剣グラムは特級である。
イーグロは素早く宙を移動しながら無詠唱で『下級闇属性魔術・暗黒の矢』を放つ。
「『下級無属性魔術・魔法の矢』」
対してヴェルナーの魔法の矢を放ち、魔力を暴発させて暗黒の矢に衝突する寸前で魔法の矢を爆発させたが、
「やはり無駄かっ」
暗黒の矢は速度を落とすだけで相殺されなかった。魔力量に差がありすぎて今のヴェルナーでは彼の魔法を打ち消せなかった。
「ぐっ!」
ヴェルナーは暗黒の矢の直撃を避けるが後方に吹っ飛んでしまい、着地の際にたたらを踏んだ。
その姿を、
(力の差がありすぎます……)
メイリースは押されてるヴェルナーを見て悲観していた。なお、ザッケロも同じ気持ちだった。
「俺ともあろうものが六サークルの魔術師ごとき遅れをとるとは」
ヴェルナーは自分自身に苛ついてた。
(今の俺は弱い、それを認識したうえで全力で相手を倒すんだ。出し惜しみしてる場合じゃねぇ!)
彼は懐から『蒼き魔石』を取り出して宙に放り投げてから、胸の前で両手のひらを合わせる。
「『超級結界魔術――
魔石から眩いくらいの魔力が当たりに降り注ぎ、地面に巨大な黒い魔法陣が現れる。
「なにっ⁉︎」
イーグロはヴェルナーに面食らっていた。現代においてほとんど使い手がいない超級結界魔術を発動させたからだ。イーグロでさえも上級結界魔術の発動が限界である。
「――
魔法陣から八又の首を持つ漆黒の龍が現れる。瞳は赤く、獰猛な牙を見せ、周囲に威圧感を放っていた。メイリースとザッケロは八又の龍を見上げ、さすがのイーグロも目前にある龍を見て顔を引き攣らせていた。
「グオオオオオオオオッ‼︎」
龍は雄叫びを上げる。そのあと、龍は首を一つ折り曲げてヴェルナーの近くに頭を寄せる。そのあと、ヴェルナーが頭の上に乗ると、龍は元の位置に頭を戻す。
龍に乗ったヴェルナーと宙にいるイーグロは向かい合う形になっていた。
(召喚魔術の間違いじゃないのか? いや、結界魔術と言ってた以上、結界魔術だ。おそらくあの龍が動けるのは一定の範囲内……結界の中だけのはずだ)
「顔が青ざめてるぜ」
思案するイーグロをヴェルナーは挑発する。
「調子に乗るなよ小僧!」
「言葉の節々から焦るを感じるなぁ!」
ヴェルナーはこれでもかというぐらいイーグロをさらに煽る。
「もう手は抜かん! 『上級闇属性魔術・
「お前の番だ、暗黒龍王よ」
「グオオッ!」
イーグロの周囲から幾つもの黒い拳が飛び出す。それに応じるように龍は首を振って黒い拳を弾いたり、頭をぶつけたりする。
(よし後ろをもらった!)
一つの龍の頭がイーグロの背後に迫り、噛みつこうとしていた。
しかし、
「ちぃ!」
イーグロの黒翼が変形し、拳の形となり龍の頭を叩いていたのでヴェルナーは舌打ちをした。
その後、ヴェルナー自身は詠唱し魔法の矢を放つ。相対するイーグロは暗黒の矢を放ち魔法の矢を退ける。そのままヴェルナーに向かっていく暗黒の矢は龍が首を振って弾いてくれた。
「信じられない……本当にイーグロと渡り合うなんて……!」
「な、なんちゅう戦いじゃ......! あいつは本当にニサークルなのか……!」
メイリースとザッケロは目の前の光景を疑っていた。
ヴェルナーは八又の龍と魔法の矢を拡散させたり爆発させたりし、イーグロは魔力で出来た幾つもの拳と暗黒の矢を放ち、背後に迫った攻撃は黒翼で防ぐという攻防が続いていた。
空中でもはや何が起きてるか分からなかった。
「はぁはぁ……!」
「その若さにしてその魔力操作の緻密さ、その知識、その戦闘センス! 貴様一体何者だぁ!」
ヴェルナーは息を切らし、イーグロは焦っていた。力や速度はヴェルナーが圧倒的に劣るものの、イーグロは自分以上の熟練した魔術師を相手にしているように感じていた。
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