【パーティ追放殺人事件】人質救出と犯人確保2

 両開きの大きなドアの向こうから話し声が聞こえる。

 一方は怒号を浴びせ、もう一方はヒステリックに泣いているようだ。


 俺は両手にはめたグローブをしっかりと付けなおし、勢いよくドアを開けた。


 時刻は昼過ぎ。

 窓から入る光は明るく、大広間を隙間なく照らしている。

 中央の床に描かれた転移用の魔法陣、壁際には武器や防具、ポーションなどが並んでいる。


 その大小のアイテムを忙しなく大袋に詰めこんでいたであろう2人の女性がいた。


 彼女たち――。

 魔法使いのアヤ・ニシウラ、聖職者のマリア・ナカノが予期せぬ訪問者を青ざめた顔で見た。


「作業を続けるならどうぞ」


 時を止めていたアヤがはっとして「あっ、その、これは……」

 マリアは涙声で「い、急ぎの仕事がありまして」

 「遠征に出ているパーティが困っているみたいで」


「そうですか」

「……あの、用事があってきたんですよね」


 俺はいつも調子で淡々と答えた。


「ええ。ネリー・レントリを殺害したのはあなたですよね、アヤ・ニシウラさん」


 この部屋に入ってきたときよりも張りつめた長い静寂が流れる。


「どうしたんですか急に。私たちは何も知りませんよ」

 マリアが続けて「そうですよ。ネリーって誰ですか」

「慌てないでください。一から説明しますから」


 俺は彼女たちに背を向けてドアを閉める。

「ちなみに、お二人ともギルドから追放されたのでポータルは使えませんよ」

「な、なんで!?」

 アヤとマリアに向き直る。多少なりとも動揺しているようだ。


 ふうとひと息ついたあとで「まずは現場の焼け跡から。検証を重ねた結果、あそこでもう1人殺害されたことがわかりました」

「遺体はひとつだったんじゃないの」

「見た目にはそうです。もう一体は、灰になっていたんです」

「そ、それもクリスが犯人なんでしょ」

「いいえ。魔力反応が出たのでクリスさんではありません」

「じゃあ、カスパル君がやったのよ。私じゃない」


 言葉には出さないが、えらく簡単に雇用主を裏切るんだなと思った。


「魔力反応が出たとしても個人の身元を特定することはできないので、どちらかは断言できません」

「そうでしょ」

「ですが、彼は……正確に言うと彼だけが犯人ではないです」

「なんでよ」

「夜中に飛びたつ翼竜を見たという証言があります。カスパルが徒歩で移動したと考えると、誰かが犯人役であるクリスさんを運ぶ必要がありますよね」

「……私たちは関係ありません」

「そうですか? でも、彼だと単純に実力不足なんですよ。中級の炎魔法だと、たとえ焼き殺せたとしても遺体を灰にするほどの威力は出せませんから」

「………」


 アヤはマリアに何か言うようにうながす。

 無言だったマリアが口を開く。


「だ、だったら私たちじゃなく、どこか別の魔法使いを雇って殺したんじゃないですか」

「あなたたちが共犯者だという証拠があります」

「なっ!?」


 経緯は知っているだろうが、否定を続けるなら仕方ない。


「あなたたち3人は、あの洞窟の採掘権利についてレントリ夫婦とモメていました。夫婦を騙してダマスカスダリルの単独権利にしたものの彼らは自身が洞窟を発見した証拠……。日々を書き留めていた日記を残していたんです。これが邪魔になったんですよね」


 アヤはうつむいている。


「日記をユースティティアに提出されては困ると考えたあなたたちは、クリスさんに黙って取り引きを持ちかけました。大金や精錬した魔法石を譲るので日記と交換して欲しいと。相手が応じたあとで夫婦を殺害する計画を立てた」


 マリアは首を横に振りながら「そんなの知らない」


「本来は別の場所で2人を殺害し、クリスさんの犯行に見せかけるつもりでした。ですが、突発的にネリーを手にかけたことで計画を変更せざるを得なかった。魔法で殺害されたことを隠すために、モンスターの死骸とルイスの遺体をたいまつの油で焼いたんです」


「私たちじゃ……」


 俺は核心に迫るように優しい声で。


「本当に?」

「ほ、本当です」

「マリア・ナカノの名義で睡眠花の粉が購入されていますが、それも知らないと」



 マリアが目を大きく開け、口を半開きにしたままアヤを見た。

 協力者であるはずの彼女も、この件を知らされていなかったようだ。



 魔法使いの女はうつむいたまま微動だにしない。

 アルほどではないが、その姿に怒りと魔力の高まりを感じた。


 テクストが鳴り、俺は前方に意識を向けながら内容を確認する。

 そして、彼女たちに言い放つ。


「カスパル・ダリルが逮捕されました」

 

 状況証拠がそろい、共犯者の結束も崩れた。

 こうなれば芋づる式で、3人を取り調べれば誰かが自白するだろう。



 そう考えた瞬間――アヤが顔をあげて両手を出し、一気に膨張させた火球を俺に放つ。



 モロに被弾して周りが炎に包まれるなかで、対岸ではアヤがケラケラと笑っている声が聞こえる。


「あー、スッキリした! ぐだぐだぐだぐだ推理して何が楽しいの?」

「アヤちゃん、私の名前で……」

「うるさい! あんた、誰のおかげでこの世界で生きていけてるの」

「それは」

「私のおかげでしょ。あっちでもさんざん世話してやったのに」


 彼女は同程度の火球を作っては次々と放つ。


「バカで貧乏で、顔と名前だけはいいあんた使ってホテル連れ込んでさ。奪ったお金でご飯食べたり服買ったりしたでしょ」

「私はやりたくなかった」

「いまさら? あの女殺したときだって、あんたが率先してもみ消そうとしたくせに。というか、こいつらも村人AとB殺したくらいで大げさすぎるし」



 俺はまたたく間に弱化の魔力を体にまとい、炎の勢いを極限まで抑えてから鎮火する。



「嘘でしょ」

 魔法使いは攻撃を続け、聖職者は怯えながら詠唱をはじめる。

 俺は弱化をまとった手で羽虫を払うように火球を消しながら彼女たちに近づいていった。


 ひどく冷静だ、と頭のなかで自分に言い聞かせる。

 本当に落ち着いているのであれば、こんなことは考えないだろう。

 そう、ひどく冷静なのだと。


「アヤちゃん、止めて!」


 魔法使いが攻撃をやめ、聖職者がドーム状のシールドを張る。

 目の前まで近づき、俺はヴェールがかかったようなそれに手を触れた。


 バリバリという定形音が鳴り、弾かれた姿を見て女たちは安堵する。


 しかし、弱化がシールドにまとわりつくように侵食をはじめる。

 途中で気づいた聖職者がシールドを解くが、時すでに遅し。

 彼女たちは両膝をついてぺたんと座りこんだ。


「なにこれ」

「反則でしょ」


 俺は片一方のグローブを外しながら彼女たちに近づき、コートから手帳を出してその場にかがんだ。

 手帳はテクストではなくユキノから預かったもので、レントリ一家のことが事細かに書かれている。


「夫はルイス・レントリ、妻はネリー・レントリ、娘はダリア。もともとは道具屋だったが、ひとり娘が大病にかかったことで店を売って高額な薬を手に入れた。娘の病は完治したが、生活のために道具屋のツテをたどって行商人になったそうだ」


「なによ、それ……」


「彼らは特定のギルドには所属せず、辺境の村をめぐって交易品や薬を売って生活をしていた。あるとき、薬草の採取に出かけた山奥で、貴重な魔法石が眠る洞窟を見つけたそうだ」


「やめてよ」


「そして、ダマスカスダリルに共同採掘権を得るように声をかけた」


 手帳のページをめくる。


「二ヶ月ほどやりとりをして最初の契約書を作成。カスパルから報酬をもらったら故郷の町で道具屋を再建することも考えていたそうだ」

「やめて、もう聞きたくな――」


 言葉をさえぎるように、俺はアヤの口をグローブを付けた手で乱暴につかんだ。



「大事なことだからもう一度言うぞ。夫はルイス、妻はネリー、娘はダリアだ」



「村人AとBじゃない。ちゃんと名前がある」



「この世界で生きていた人間だ」



 少しの沈黙のあとで、俺は放心状態となったアヤの顔から手を離した。


 彼女の隣にいたマリアは自身の愚かさを恥じたのか。

 あるいは抑圧されていた恐怖が耐えきれずにあふれたのか、静かに泣いていた。


 彼女たちが自身の罪に向きあうのはこれからだ。

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