最終話 『私が秘密結社を作った理由』
プラント本部にて巻き起こったクーデターは、首謀者バベルツリーの死をもって終結した。
私と一花は、仙と大勢の本部職員によって救出された。
職員たちは自我を取り戻したのだ。蓮根グラードやインゲンキャリバーなどの怪人達も元通り。
洗脳と弱体化の光による効果は、ベルが死亡したことにより一瞬で消滅したらしい。
瓦礫に埋もれていたトウリ博士も無事助け出された。
祥子と戦闘を続けていた5人組は計画の失敗を悟り、撤退。
航空機型の移動基地『鉄塊』に乗り、どこか別の次元へと脱出した。
最終的な結果として、今回の騒乱でプラントが
総統と幹部陣、その他職員はほとんど無事。
グランシード内の施設は数ヶ月で復旧可能(亜空間ゲートは数週間ほどで修復の見込み)。
バベルツリーが死んでも、中央コンピュータバベルは稼働できる。運用の効率化がしたければ、また新しいインターフェイスを作ればいいのだ。
ある意味、拍子抜けなまでに組織は無事だった。
だけど。
傷は確かに存在する。
ベルはいなくなった。
もうあの笑顔を見ることは出来ない。
一花はあれから引きこもった。
寮長の田中さんの死を想起させるため、戦闘員寮に戻ることは出来ない。
いまは総統執務室の仮眠室から出ようとせず、時折そこから小さな声が聞こえるのみだ。
「いつか傷は癒えるだろう。それでも」
わたしは後ろを振り返り、仮眠室のドアを眺める。
「つらい、ね」
そして小さく、呟いた。
「くおん、すべては私の責任だ。技術部の長として、ベルの反乱にいち早く気づくべき立場だったのに」
「トウリ、組織としてはあなたにも何らかの処罰を与えるよ。けれど、私個人としては……ベルの苦しみに気づけなかった私の責任だと思ってる」
あのクーデターから、一週間が経った。
いま私は、自分の執務室でグランシード復旧に関する書類仕事を進めている。
ソファーにはトウリ、祥子、仙が腰掛けていた(祥子は奇跡を起こした青い髪から、元の赤髪に戻っている)。
みんな力を無事取り戻し、完璧に回復している。
……当然だが、ベルはいない。
「ああ、まったく。にぎやかな奴がいなくなると、妙に落ち着かないな」
一人分空いてしまったソファーのスペースを眺めながら祥子が言った。
その顔には、寂し気な笑みが浮かんでいる。
「バベルのインターフェイスはまた作れる。だけど。ボクはそれがベルだとは思えない。新しくプラントに加入する仲間であって、ベルではないんだ。ベルはこれまでもこれからも、彼女一人さ」
ソファーの空いたスペースを、仙がポンポンとたたく。
「今から言うボクの言葉を光栄に思うんだよ、ベル? ――キミともっと喋りたかった!」
「怖いイメージを持たれたまま、お別れとなってしまった。今になって思えば、技術者として彼女を観察する、という姿勢が強すぎたのかもしれない……壁なんて作らず、友として接するべきだった……」
仙とトウリはそう言った。
ベルはみんなにとって、大切な友人だったのだ。
唯一無二の、魅力的な友達だったのだ。
だから、ベルがなぜ反乱を起こしたのか、あの子と交流が深かった本部職員たちは知りたがっている。
私がベルの本音を伝えたのはいまのところ、グランシードにいた幹部陣と、あの時一緒に戦った三怪人のみだ。
プラント全体への正式な発表は、まだもう少し後ということになっていた。
「Xトマトの奴は大分ふさぎ込んでいるみたいだな」
「長い休暇をあげるべきだろうね……」
心に空いた穴を埋めるには時間がかかる。
私は彼への特別休暇用書類を机から取り出す。
それを見た祥子は部屋に流れる物憂げな空気を吹き飛ばさんとばかりに、先ほどとは違う、薔薇のように力強い笑顔を作った。
「あんま心配すんな。もちろん休暇は必要だが……たぶんくおんが思っているよりもずっと早く、あいつは元通りのバカ面になるぜ。同じくらいのバカが、周りに二人いるからな」
「そうか、うん、きっとそうだね」
ドラゴンキュウリとナスボーグが、仲間を支えてくれるだろう。
あの三人と初めて出会った時に、私が口走った感想は正しかった。
きみたちは、とってもすごい。
「5人組を追い返して、基地の復旧を始めて、少しずつ落ち着いてきたな」
祥子の言葉に、私は返答する。
「祥子の本気バージョン、また見てみたかったよ。戦闘が終了したらすぐに赤色へ戻っちゃったから、結局見れてないんだよね」
「はっ、奇跡は安売りしないんだよ。そう簡単に見せてたまるか」
「それはなんとも残念」
沈んでばかりもいられない。
私も出来るだけ明るい調子で話している。
「まあ、実際のところはエネルギー切れといったところなんだ。悔しい話だがな。当分あの姿にはなれない」
「そうなんだ……青い髪になった祥子がそこまで苦戦するなんて」
「敵もさる者、ってやつだ。5人組の連中、思った以上にダメージを喰らわしてきやがった。相手の強化アイテム『ゴーグル』は壊すことが出来たから、引き分けと言っていいだろうが……まったく、久しぶりにぞくぞくする勝負だったよ」
彼らはこれからも諦めることなく、プラントに戦いを挑むだろう。
私もいつか、再戦の機会を得るかもしれない。
『総統、お前のその強い思いは、どこから来たんだ』
『……あなたと同じように、親しい人間からだよ』
この会話の先に、いったいどんな言葉が待っているのだろうか。
私はそれを知りたい。
「ああ、そうだ。みんなすまない」
「うん? どうしたのトウリ?」
「カルテルの総帥からメッセージが届いた。技術部が今朝、解読したよ」
「おおう!?」
っていうか、カルテルはどこまでベルのクーデターに関与していたのだろうか。そこのところは今になっても、まったく分からない。
「今回は短いから安心してくれ。それじゃ、スイッチオン」
トウリはポケットに忍ばせていた機具を作動させる。
『ま、元気だせ。くおんこれからよろしく』
……これだけ?
前回はこの世の終わりのような支離滅裂さで、延々と呪詛のような言葉が流れ続けていたのに。
「ある程度クーデターには関与していた。でも、そちらもカルテルを嗅ぎまわったでしょ? ここらでお互い水に流しましょう。これからは仲良くしようね! ……カルテルからすれば、こんな感じのことが言いたいのかもね」
トウリが分かりやすくまとめてくれた。
なんというか。
なんだか向こうのペースになってしまって少し癪だが、ずっと緊張状態を続けるわけにもいかない。
カルテルとは今後、ある程度の友好関係を保つべきだろう。
もちろん、警戒心を維持しながら。
「……みんな、私からもちょっといいかな」
私はカルテルについての話を止め、周りの3人へ声をかけた。
みんなが揃っている今のうちに言っておかないといけないことがある。
「私の自伝についてなんだけど」
ほんの少しだけ、部屋に緊張感が走る。
当たり前だろう。
ベルがクーデターを起こすことになった最後のきっかけなのだから。
「自伝を書くことに決めたよ。ベルの反乱には、私がこれまで辿って来た道のりが大きく関わっている。プラントのみんなに今回のことを説明するには、私の過去を語ることが必要なんだ」
無論、自伝の最後はプラントの思想を肯定する形で締め括られる。
それは総統としての義務だろう。
だが、自伝は一冊だけではない。
「もう一冊、より個人的な感情を綴った自伝を書こうと思う。これは私が選んだ少数の人物にしか見せない。あまり不特定多数に読ませると、組織が混乱するかもしれないからね」
「どんなことを、書くんだい?」
トウリが尋ねる。やさしく微笑みながら。
私は応えた。
「私たちは止まらない。けれど、振り返ることは出来る。かつて切り捨てた
ベルが話してくれた本音。
それを無駄にはしたくない。
彼女が叫んだ慈しみが、いつかどこかで花開くように。
私は一冊の本を、そのための種にするのだ。
「プラントがこれからも行うだろう残虐に、ほんの少し変化が生まれる、かもね」
この自伝に書かれる文章は、「悪の組織の総統として失格」と言われてしまうものになるだろう。
けれど、滝内桜の友人の文章として見るならば。
私は思う。
ほんの少しでも彼女に相応しいものであったら良いな、と。
「楽しみにしてるぜ、くおん」
「いちばん最初はボクに読ませて!」
「焦らず書きなさい。いくらでも待ってあげるから」
――みんな、ありがとう。
「あ、そうだ。なんてタイトルにするんだい?」
お、よくぞ聞いてくれました仙。
それでは発表です!
「おっほん。『私が秘密結社を作った理由』なんてどうかな?」
バラ将軍、水仙子爵、トウリ博士は言った。
「「「安直」」」
三人同時に言わなくてもいいじゃん!!!!!!!!!!!!
「う、うわわわわわ!?」
それは隣の仮眠室から聞こえて来た声だった。
同時に、がらがら! と何かが盛大に崩れた音がした。
仮眠室には一花が引きこもっている。
「一花!?」
私はとっさに仮眠室のドアノブへ手をかけた。
鍵はかかっていない。
一気に扉を開ける。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ううん?」
長い沈黙が流れた。
え、えっと?
ちょっと整理する時間が必要だね?
「く、くおん……!? あ、あのね、ちがうの、これはちがうの。いや、ちがわないか……うううううううううううう!」
まず、見たままの情景を説明しよう。
仮眠室の床一面に。
大量のAV(DISC形態)が散らばっている。
どうやら山となって積まれていたものが、何かの拍子に崩れてしまったようだ。
「……」
「うううううううううううう!!!!!!」
一花は頭を抱えて呻いた。
ああ、部屋の中にあるテレビでは実際に映像が流れていますね……。
二人の男女の営みがクライマックスに突入している……。
「「「…………………………」」」
私に遅れて仮眠室を覗いた祥子、仙、トウリも、びっくり仰天していた。
「これは、もしかして、あれかな? いつだったか、ベルが保護区にAV10万本を送り付けたことがあったけど、その第二陣予定だったやつが、まだ倉庫に残ってたよね」
「……くおんの想像どおりです、はい」
私の言葉に、一花は赤面しながら答えた。
保護区へのAV大量輸送事件の後、ベルが追加でさらに10万本移送しようとしていたことが判明し、これはなんとか食い止められた。
ただ膨大なエロDISCはグランシードの倉庫の一部を占領したままだったのだ。
どうやら一花は、そこから少々拝借したらしい。
さすがに10万本ではなく数百本だが、いつのまに仮眠室へ運び込んだこの子は……密輸に関しては将来有望すぎる。
「ううううううう!!!!」
一花は再び呻き始めた。
「……一花」
私は一花の下へ歩み出した。
床に広がるAVを踏まないよう気を付けながら。
一花、よくがんばったね。
心の中でそう呟く。
これまで経験した色々な出来事に対して、一花は本当にいっぱい悩んだと思う。
苦悩に関する答えは、恐らくまだ出ていないだろうね。
でも、それでも。
一花は少しずつ前を向こうとしている。
悩むだけではなく、他のことに夢中になっている。
人生を苦しみで満たしてたまるか、と考えている。
トラウマへ向き合うにはたくさんの人の助けがいるので、これで元通りだ、と単純に喜ぶことは出来ない。
だが、一花は己の心を救う第一歩を踏み出したのではないだろうか。
私はそのことが、心の底から嬉しい。
「一花、久しぶり」
私は一花を一週間ぶりに抱きしめた。
「く、くおん?」
予想外の私の行動に、一花は少し慌てている。
ベルには感謝しないとね。
一花が前を向くきっかけの大元は、ベルの性教育だ。
一花の性に対する基礎知識はベルが与えた。
となると、ベルのHなところは、一花に引き継がれたと考えるべきだろうか。
私は一花の首にある、桜の花びらのような模様を見つめる。
――ねえ、桜。
私が秘密結社を作った理由を、いまこの瞬間に答えるのならば。
こう言わせてもらうよ。
世界が続くというのは、こんなにもおもしろい。
「さて、それはそれとしてお説教だよ一花」
「ごめんなさい!!!!!!!!!」
一花は平謝り。
祥子、仙、トウリは大笑い。
私も幹部たちと一緒に、笑った。
私が秘密結社を作った理由 坂井そら @sora_novel
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