第38話 決着
「うああああああああああああ!!!!!」
誰かがこちらに向かって走ってくる。
誰だろう。
顔を横に動かす余裕もない。
聞いたことのない、少女の声だ。
可愛らしい声音は絶叫となって演算室に満ちる。
ベルが反応した。
「――え?」
だが、間に合わなかった。
彼女は驚愕と共に、自らの脇腹へナイフが深々と突き刺さるのを許してしまった。
己が持っているのと同じ、魔力によって生成された刃。ベルが空中からばら撒いた百本の内の一本だ。
「一花、ちゃん?」
一花がベルの言葉に答えることはない。
ナイフを引き抜くとベルに体当たりして押し倒す。
ベルが床に仰向けになると、その上に馬乗りとなった。
光の魔獣を撃ち出して喪失し、加えて、これまでの戦闘により疲弊しているだろうベルは抵抗できない。
「一花、ちゃん、まっ、て」
「……うあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
一花は、再び叫び声を上げると、振りかざしたナイフを、一気にベルの胸元に突き立てた。
「……あ、が……!」
胴体を貫かんばかりに刺し込まれたそれは、傷口から血の噴水を生み出す。
噴き出した血液の大部分は、昨日まであどけない笑顔に満ちていた一花の顔面を濡らした。
スムーズな動作は戦闘員としての訓練の成果だろう。
一度駆動を開始した殺人技術は一切の無駄なく、ベルの命を消し去っていく。
一花は刺した。
何度も、何度も。
ベルを刺し続けた。
魔獣の光線によって撃ち抜かれた私は意識が朦朧となりはじめる。
声も出せず、ただその光景を見続けるのみ。
「い、ちか、ちゃん。ま、って。おねが、い」
ベルは一花に声を掛け続ける。
「とめなくちゃ、いけないの。くおんちゃんを、たすけてあげたい、の。いま、とめないと、ずっと、くおんちゃんは、だれかを、ころしつづけるから。だめだよ、そんなの、かな、しい、よ」
しかし、ベルの声はだんだん小さくなっていく。
「く、おん、ちゃ、ん……」
一花の刺突は、二十回ほどで止まった。
荒く息をしながら、一花は一言、呟く。
「……ベ、ル?」
ベルは答えない。
そして、動かない。
「なん、で……?」
一花は無我夢中だった。
この時になって初めて、自分の行いの意味を知った。
血の海に沈んだベルを眺めつつ、彼女の胸に突き刺さったままのナイフから手を放す。
しばらくの沈黙。
しばらくの放心。
「――総統」
そして、私と視線を合わせた。
ふらふらとした足取りでこちらに近づく。
限界だ。私は仰向けに倒れた。演算室の天井が視界一杯に広がる。
「――くおん」
一花が私の顔を覗き込む。
私の名前を呼びながら。
ああ、これが。
これがあなたの声なんだね。
やっと聞くことが出来た。
可愛らしさの中に、どこか意志の強さを感じる、そんな声。
この声を出せた切っ掛けは、感情の爆発。
ベルに対する、殺意。
一花の言葉を邪魔していた魔術的な詰まりは、感情によって溶かされる。
いまこの瞬間すべてが溶け去ったのだ。
声が聞けたのは嬉しい。
けれど。
一花の言葉を
「わたし……ベルを殺した。くおんに死んでほしくなかった……だから、殺した」
一花の目から涙がこぼれ、私の顔に落ちる。
「ベルも大切だったのに、大切な人だったのに。ナイフで、めった刺しにして殺した。くおんが居なくなるのがいやだったから……でも、でも……あああああああああ……!」
体に力が入らない。
腕を使って、一花を抱きしめることさえ出来ない。
せめて口さえ動かせれば。
伝えることが出来るのに。
一花は悪くないよ。
なにも悪くない。
悪いのは全部、私なんだ。
一花は今日のことを忘れないだろう。
心に刻まれた、たくさんの悲しみを忘れることはないだろう。
彼女に深い傷を負わせてしまった。
私はまた一つ、罪を重ねたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます