殺害:俺を追放したエテルを消し去る
酒場の明かりが静まる頃、酔いつぶれたエナンがたどたどしく外へ出てきた。
先ほどまで楽しく飲んでいた町の娘を帰すと、冷たい路をひとりでフラフラと歩いている。
「ひっく! 今日の飯はうまかったなぁ、ひっく!」
エナンは広がる夜空に煌めく星を見上げ、薄ら笑いしていた。俺がいないところだけじゃなく、誰もいないとこでも俺を馬鹿にやがって。
今にでもその後頭部を斧でかち割ってやりたい、震える殺意を抱えながらも、俺は落ち着ける。この気持ちも最後、ならここは平然と――――
「エナン……俺が悪かった」
「ああ? お前まだ居たのか――――」
「俺をパーティに戻してくれ!!」
石の地面が冷たい。俺はエナンの後ろからそう叫ぶと、土下座した。全身全霊でエナンへの服従と、自分の無力さを、その前に示した。
「お前……恥ずかしくねえのか! あっはっは! ダメに決まってんだろ、カスが!」
夜中の街にエナンのあざ笑う声が轟く。俺の体が震えるほどにその声は大きく、だったらなぜ消えた明かりは点かないのか。
きっとそれはエナンが力ある勇者だから、誰も逆らえない暴君だから――――ああ、最悪な人間だ。
「おい、言ったよな! もう俺の前に現れんなってな! おい!」
エナンは吐き気のする臭い唾を俺に浴びせながら、俺を蹴った。何度も何度も。いつものと同じように、堪能している。
痛い、何度殴られても痛みは消えない。悪口にしても同じだった。繰り返される蛮行に、アイツが得る快楽に引き変わるように。
ただそうやって今日もお前が最悪の勇者だから、俺が惨めだから――――疑うわけがない。
「エナン、悪かった。だから蹴らないでくれよ!」
「謝れば済むってか?」
「わ、わかってる。実は、凄い場所見つけたんだ、なんでも願いが叶う湖なんだ!」
「はぁ? なんでも願いが叶う湖? そんなのあるわけ……」
エナンは這いつくばう俺の姿を、その必死な無様を、眺める。何か警戒するわけでもなく、どこか不思議気に。
悟られたか? 気持ちよくさせて騙すにしてもさすがに突飛だったか? 内心焦る気持ちが俺にはあった。奴が聞かなければ、また蹴られるだけだからだ。
だったらもっと必死に!
「ほ、本当な――――」
「いいだろう。どこにある? ひっく、連れてけよぉ!」
やった。やっぱりコイツはクソ馬鹿だ。今から墓場に連れていかれるとも知らずに、余裕かましやがって。力と快楽に溺れた人間は猿以下だから助かる。
「ほら、早く連れてけや!」
「痛い! わかったから、殴らないで!」
俺はエナンの”言う通り”に願いの叶う湖へ案内する。地面に落ちた涙を伝って、奴を今から殺すために。
――――町の外れ、静まった林、たった二人。俺と女神、そして無き死体だろう。俺は奴を湖まで連れてきた。
「ここかぁ?」
「そ、そうです」
「ほぉ? そうかそうか!」
エナンはフラフラとしながら湖のふちまで自ら向かって行く。どうやって誘導しようか、警戒心があるのかとか、こっちは色々と模索していたが、まさか自ら逝くか。
そのちっぽけな傲慢な、増悪的な、そして無様な背中が俺の前にすでにあった。
ああ、楽しくなってきた。胸の高鳴りにもはや笑みも隠せない、しかし奴は湖に夢中で気付かない。ああ、クソみたいだ。
「おいエナン、どうやって願いを叶えるんだ?」
「それはだな……」
「なんだ、勿体ぶるな!」
「あ、その前に何の願いを叶えるか教えてもらってもいい? 必要なんだ」
「願い? そんなの決まってんだろ。金銀財宝、さらに強大な力! あと女だろ!」
「そうなんだ。アホみたいな願いだね」
「アホみたいだと? てめぇ、誰に口聞いて――――!!?」
エナンはこちらへ振り向いた。それと同時に俺のあざ笑いに気づいて怒りを露わ、顔を赤くしたが――――ただ、もう遅い――――俺に蹴られて湖へ落ちいって、その面はギョッと驚くと、すぐに情けないものになっていった。
「僕の願いを教えてあげるよ。エナン、お前の死だ」
ポチャン。小石よりも寂しげな孤独の音、ただ沈むようなこれっぽっちの波紋。けれども奴は引きあがれず、ただ湖に飲み込まれる。
やっと、解放される。やっと自由になれる。魔の水に懇願する叫びも埋め尽くされ、その手も沈み切ったころ、また波紋は消えず、また水飛沫を上げて――――トドメの女神が降臨した。
「あなたが落としたのは、幼馴染のエナンですか? それとも親友のエナンですか?」
幼馴染、親友、なんて気持ちの悪い質問だ、女神は微笑みを垂れているがその内心は下劣なのではないかと疑う。
だからこそ迷うまでもない。俺が落としたのは暴君のエナンなんだ、アイツを消し去るには俺はその逆、親友と言い放つだけ。口が裂けても言いたくはないがただ、それだっ――――――――古い記憶が流れる。
「なぁブーレ、俺、強くなる」
純粋な幼い瞳は俺を見ていた。いつしか忘れた夕焼け、藁の屋根の上、俺は小さい頃、エナンと語り合っていた。
魔物被害に悩まされる村、それを救った前の勇者、俺たちの憧れ。儚くも俺たちの始まりはそこだった。
冒険者になってからは二人でいろんなところ巡って、喧嘩することもあったけれど、親友であることは変わりようもなかった――――アイツが勇者の剣を引き抜くまでは。
「なぁブーレ、俺が本当に勇者でいいのか?」
誰が疑うか。誰が止めようか。何度も憧れを語り、毎日修行を欠かせず、誰よりも頑張ってきたのはお前だって俺はずっと隣で見てきた。
「お前こそが、勇者だ」
――――だった。
そうさ、エナンは俺の幼馴染だった。そして親友でもあった。だからなんだ、それは過去の話だ、むしろその過去があるからこそ死ぬほど奴が憎い。あれだけ苦楽を共にしてきたのに、勇者になった途端に暴力、女、富名声に溺れやがって、ずっと強くなって俺を置いて行って、貶して、虐めて。
許せるか。どんなに美しい思い出があろうと、ここまであった恨み憎しみが消えるわけがない。もうとっくに友情なんて崩壊してるんだ。だから俺は――――俺は……
「あなたが落としたのは、幼馴染のエナンですか? それとも親友のエナンですか?」
「……っ!」
女神様のどこまでも澄んだ目が俺を離さない。もう無くなっていたはずのものを、そして本当の願いを、最初から女神様はわかっていたのか。
だからってそれは嘘をつくべきことではない。確かに、確かにこの心にある傷と、腫れあがった憎悪は消えることはないのだから。
ならその気持ちをそのままに俺は伝えるだけだ。
「俺が落としたのは――――勇者エナンだ。憎々しいエナンだ」
真っすぐと俺は女神へ言った。嘘なんかではない、そう示すために一点の曇りもなくはっきりと告げた――――またそこにある願望も。
「そうですか、あなたは正直者ですね。なのであなたにはこの、盟友エナンを授けましょう」
女神はその手の内から謎の光を放ち、それを人の形にして俺の隣へ落とした。
懐かしい匂い、蘇る感覚、そこに立っていたのはかつての友、エナンだった。勇者になる前の輝いていたころのエナンだった。
「お、俺は一体?」
「エナン……」
「な、なんだよブーレ、そんな泣きそうな顔して」
俺はどこかで信じていたんだと思う。忘れられなかったのだと思う、エナンとまたこうやって親友に戻れる日を、そう過ごした日々を…………勇者でなくとも有り余る力を友情を語って操れることを。
俺がそう企んでいるとじーっと視線が、女神が俺を見ていた。まだ何か用があるのだろうか。
「もしもあなたが嘘をついていたら蹴り落としたエナンは湖に消え去りました。ゆえに正直に生を全うしましょう」
そう言うと女神は湖に姿を消した。
今までエナンにはいろいろやられた。でもそれはいい。なぜなら今度は俺がコイツの力で勇者になるのだから――――その朝食、俺たちは大きく笑い合った。二人だけで溢れんばかりに。
追放されたが女神の湖があったので元パーティーメンバーをぶち込んでみた。 小乃ネコ @syounoneko
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