ホントのキモチ

月井 忠

一話完結

「あのコチラ……あっ、プレゼントですか?」

 女性店員はなんとか言葉を見つけ出した。


「いいや、私が着るものだ」


 レジカウンターの上には、複雑な刺繍が編み込まれたピンク色のブラジャーとおそろいのショーツ。

 もちろん女性用だ。


「えっ、あっ、そう……ですか」


 冴えないおっさんである私がソレを着る。

 その姿を想像しているのだろう。


 女性店員の戸惑う態度を尻目に、私はワイシャツの胸元にそっと手を這わせた。

 はっとした顔をした女性店員は、そそくさとブラとショーツを袋に入れ始める。


 そうだ、私は今もお気に入りのブラとTバックを着けている。

 顔を赤らめ、袋を差し出す彼女。


 その顔が見たかった。


 変態と知り、どう対処していいかわからず怯える。

 それでいて、目の奥には軽蔑も含んでいる。


 そんな顔だ。


「ありがとう」

 袋を受け取り、背中を見せるとズボンに手を当てる。


 ケツに食い込むTバックの紐を撫でたのだ。


 背後にいる彼女の表情を想像する。


 縮こまっていた愚息は、わずかに膨らみを増していた。


 とある休日の昼下がりのことである。




「ただいま」

「おかえり」

 自宅のドアを開けると妻の声が迎えた。


 靴を脱ごうと視線を落とすと、見知らぬ女物の靴が目に入る。


「あっ!」

 顔を上げると、そこにはいつかの女性店員がいた。


 一瞬ではあったが、長い時間だった。

 ワイシャツの下に着ているキャミソールが汗を吸っていく。


「あら? 知り合い?」

「いいや」

「うん、別に」


 ごまかせたとは思えない。

 だが、彼女もはぐらかした。


「そう? 紹介するね従姉妹のカオリちゃん」

「はじめまして」

「はじめまして、夫のショウです」


「料理作っちゃうから、すぐに着替えてね」

 妻は台所に向かった。


 玄関には二人だけ。


「姉さんはアレ、知ってるの?」

「いいや」


 密かな楽しみなのだ。

 妻が知るわけはない。


「アタシさ、欲しいバッグがあるんだよね」

 その目には怪しい光が宿っていた。


 私は無言で財布を取り出し、入っていた札を全て差し出す。


「バカにしてんの? おっさん?」

「今はそれで勘弁してください。すぐに用意します」


 彼女は私より頭一つ低い。

 だが、遥か高みから見下されているような気分だった。


 ギンギンだった。

 私の愚息はフル勃起を遂げていた。


 レスとなって久しい妻では感じられない昂ぶりだった。


「きっしょ!」


 股間の膨らみを睨みつけられる。


 ああ、彼女こそ私の主だ。

 これこそが、本当の私なのだ。


 ホントのキモチを知った、とある夜のことである。

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