卵ボーロ
惣山沙樹
卵ボーロ
兄が突然卵ボーロにハマった。毎日毎日もしゃもしゃと食べている。僕が兄の親なら一日一袋だけにしておきなさいと言うところだが、僕は弟だし兄は三十をとうにこえた大人だしで、何袋食べていようが放っておいている。
しかし、大きな段ボール箱が届き、その中に卵ボーロが入ったプラスティックのケースがぎっしりと並んでいるのを見た時は口が出てしまった。
「兄さん、いくら卵ボーロが好きでもこれは買いすぎだよ」
「うるせぇな。俺の金で買ったんだ。文句言うなよ」
数えてみた。いち、にぃ……十二個。つまりは一ダース。兄は二で割り切れる数字が好きで、テレビの音量も必ず偶数に設定しているのでその癖が出たらしい。
「うめぇ、うめぇ」
宝物でも扱うかのようにケースを抱えて、ソファでむさぼり食う兄の姿をそれ以上見ていられず、僕はバイトに行った。
それから、何日か経った日のことだ。夜は兄とピザを食べて、僕が皿洗いをしていた。キッチンには卵ボーロが入った段ボール箱が置きっぱなしになっていて、邪魔で邪魔で仕方がない。一体何ケース減ったのだろう、と手を拭いてから見てみると……。
「えっ?」
全然減ってない。隙間は一つ分だけ。そういえば、最近兄が卵ボーロを食べているところを見ていないが、まさか。
僕はソファでスマホを見ていた兄に叫んだ。
「兄さん! 卵ボーロは!」
「ああ……飽きた」
「ええー!」
なんか、そうなるんじゃないかな、という気はしていた。
「どうするんだよ! あと十一ケースあるよ!」
「瞬が食ってくれ」
「無理だって!」
僕は兄の隣に座り、説教を始めた。
「兄さんってそういうところあるよね。届いた段階で満足しちゃったんでしょ、どうせ」
「まあ……そうだな。瞬って俺のことよくわかってくれてるな」
「だって兄さん、最近の僕の扱いも適当だもん」
「瞬と卵ボーロは違うぞ? 瞬は飽きないし」
「飽きさせないよう工夫してるんだよ僕だって」
こうやってくどくど言ったところで本人が食べてくれることはないだろうから、と僕は現実的なことを考え始めた。
「僕は食べたくないからさ。誰か食べてくれる人に配ろうよ」
「あー、そしたら美月くんは? 俺たちの命令なら食うだろ」
「脅してるみたいで可哀想だけど……確かに食べてはくれそう」
そして、送られてきた時と同じ段ボール箱に、空いた分の一ケースを戻して、美月くんの家に送りつけた。
僕は突然届いた大きな荷物に唖然とした。蒼士も一緒にいたので、伊織さんからの物であることを確認してこわごわと開けた。
「何やこれ……卵ボーロ?」
瞬くんの字だろう、犯行声明文のようなカクカクした字で「美味しいから全部食べてね」と書かれた手紙も入っていた。
「蒼士、どないしよ……変なもん入ってないやろうなぁ?」
「伊織さんと瞬くんはもう少し確実な手口使うて。大丈夫やろ」
「全部食わんかったらどうなると思う?」
「そっちの方がこわいな……」
蒼士に牛乳を買ってきてもらって、半泣きになりながら二人で食べた。
卵ボーロ 惣山沙樹 @saki-souyama
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