第7話 大団円

 こうなってしまっては、安西の怒りは収まらない。もちろん、気持ちは復讐に向くのだ。そして、思い出したのが、自分が大学時代に書いた小説だった。

 それが、

「交換殺人」

 というものを描いた作品だった。

 その作品では、自分の中で、思っていることであった。

「交換殺人というのは、小説でしかありえない」

 ということを書きながら、

「実はそれが、警察の盲点でもある」

 という考えである。

「一般人がありえないと思っているのだから、警察だって同じことを考えているに違いにない」

 ということだ。

 だから、

「敢えての交換殺人は、却って犯人のもくろむ、完全犯罪を形成できるかも知れない」

 と感じたのだ。

 もっといえば、

「復讐さえでいれば、俺はそれでいいんだ」

 という思いであった。

 別に警察につかまろうが、その時は、もうどうなったていいと思ったのだ。

 そもそも、復讐機というのはそういうものであろう。そう考えて、安西は殺害計画を練るのだった。

 そこで、一人の男性が、

「もうすぐ、死を迎える」

 ということが耳に入った。

 これは、偶然ということでもあったが、逆にいえば、

「その情報が手に入ら明ければ、この計画を行おうとは思ってもみなかった」

 といってもいいだろう。

 そもそも、自分の知り合いが、保険の外交員をやっていて、その女から、逐一の情報が流れてくるのだった。

 彼女は、

「安西の女」

 だった。

 ある意味、強引に自分のものにしたようなものだったが、彼女の方でも、一度関係ができると、安西にぞっこんであった。会社の情報など、どんどん流している。二人にとって、保険会社としての、

「守秘義務」

 など、どうでもいいと言わんばかりだった。

 ただ、彼女の方としては。

「安西さん。本当にやるの?」

 という覚悟を知りたかった。

「ああ、やるさ。俺には、もうこれしかないんだ」

 というのだ。

「そう、分かったわ。私も覚悟を決めるわね」

 とばかりに、犯罪への協力を惜しまないと言った覚悟を持った、彼女だった。

 交換殺人の計画としては、まず、その

「死が近づいている男というのが、実はチンピラのような男で、この男を殺したいという人が結構いっぱいいる」

 という情報も入っていた。

 だから、安西は、その中の男を物色し、そして、一番ふさわしい男に、白羽の矢を立てたのだ。

 この男は、実質的に、相手を殺さないと、自分の人生の先はない。

 という男で、しかしかなりの小心者である。

 だが、そんな男こそ、一度信じてしまうと、もうそれ以外は見えなくなる。

 つまり、

「計画に一度入り込んでしまうと、言いなりとなる」

 とうことであった。

 安西が立てた計画は、こうである。

「まず、男を取り込んで、男が殺したい相手が、余命宣告を受けたその期間に、この男に先に、安西の復讐相手を殺してもらうということにするのだ」

 というのが第一段階である。

 しかし、相手の男とすれば、

「俺が殺人を犯した後で、お前は、これ幸いということで、本当に、俺が死んでほしいと思っているやつを殺してくれるのか?」

 という疑問を抱いた。

 それは当たり前のことで、さすがにこの男も、

「交換殺人ということのリスクをわかっている」

 ということのようであった。

「まぁ、ここまでは計画通り」

 ということだった。

 そこで、相手が疑問を持ったことで、安西は、こう切り出すのだ。

「大丈夫さ、君が俺の復讐をしてもらう少し前に。君が死んでほしいと思っているやつに対して、殺人予告をしておくから、それならいいだろう」

 と切り出した。

 そう、前述の殺人予告というのは、

「交換殺人における計画の一部だったというわけだ」

 しかも、この時、復讐をしてくれることになる、

「最初の実行犯」

 は、殺人予告をしてくれたというのを見届けたことで、その男がその時に、すでに死んでいたということを知らなかったのだ。

 何しろ、自分が、まず実行犯としての計画をうまくやらないと、そこから先の計画はあってないというものだということを分かっていたからである。

 そんな男を、安西が選んだのだ。

 性格的には、猪突猛進で、目の前のことを真面目にこなそうとするので、

「失敗はないだろう」

 ということである。

 安西としては、

「復讐を行う相手が死んでくれるのが、一番である」

 と思っていたのだ。

 しかし、

「自分で手を下す」

 ということは、なぜかできなかった。

「捕まってしまうのは、いくら、復讐が成功しても、妹が浮かばれない」

 という意識があったからだ。

 そして、ある意味、共犯である女にも悪いという思いがあったからだ。

 この復讐を行うための、まるで自分の駒のような女は、実は、昔からの知り合いだったからだ。

 安西は、まず、

「白羽の矢を立てたその男に、復讐の相手を殺させる」

 ということが第一段階で、

「その男が殺されるべき、男に殺人予告をした時点で、すでに死んでいるかも知れない」

 ということが分かっていて、それを別の事件ということを感じさせるために、その家に対して、

「コソ泥」

 というようなちんけな罪を犯すことで、警察をミスリードすることと、

「自分が、交換殺人をしないでいい」

 ということの両方を考えていたのだった。

 ただ、目的はあくまでも、

「いちかの復讐」

 だったのだ。

 最初の実行犯の動機というのは、言わずと知れた、

「その男に生きていられれば、自分は、借金から逃れられずに、永遠にあの男に食い物にされてしまう」

 ということであった。

 最初、金を貸す時は、実に安心させるようなことを言っているだけだった。

「ああ、大丈夫さ。無利息で、いつでも、金ができた時に返してくれればそれでいいのだよ」

 という、

「いかにも詐欺師」

 という感じの巧みな話術で安心させ、被害者をたくさん作っていた。

「こいつ、ここまで悪党だったなんて」

 というほとひどい奴で、女がいれば、その女からは、金以外の身体までも蹂躙したり、あるいは、借金のかたに、風俗に売り飛ばすなどという裏社会の悪を、平気でできるだけのやつだったのだ。

 最初の実行犯に対しては、

「最初の犯罪が終われば、高跳びでもすればいい」

 ということで、金を与えておいた。

 この金がどこから出てきたのかというと、実は、この保険金の受取人が、今回の事件の協力者である保険会社のオンナだったのだ。

 彼女は、実は、元々、このチンピラのオンナだった。無理矢理に騙されて、関係を結ばされたわけだが、男としては、

「愛していた」

 ということだったのだ。

「自分が死んだら」

 ということで律義に保険金の受取人にしていたのだ。

 女は、それでも、この男に愛情などはなかった。それまでの青春というものを、すべて潰され、強引に女にさせられたから、彼女も被害者の一人だった。

 そして、この女が、計画に入り込んでくれたおかげで、この計画は、半ば完成したといってもいいだろう。

 というのは、

「この女こそ、実はこの事件の計画に欠かすことのできない人物」

 ということであり、

「一番の殺意を持っていた」

 といってもいい。

 この女こそ、名前を近藤つかさという。

 そう、安西が気に入って、美術部に入ることになった。あの時の部長であった。

 彼女は、後から入ってきた妹のいちかと、愛し合うようになった。

「レズビアン」

 という関係であったが、二人とも、その気があったことで、違和感なく関係を持つことができたのだ。

 実は、妹が自殺をしてしまった理由の一番は、自分が、

「男に犯された」

 ということが、一番知られたくない、つかさに知られてしまったことだったのだ。

 だから、つかさには、いちかに対して、

「私には一生かかっても償いきれない罪がある」

 ということで、自殺をしようと思ったところで、

「もうどうでもいい」

 ということから、このチンピラに引っかかってしまったということだ。

 しかし、そこで安西を再会し、復讐を考えているということを聞かされると、つかさとすれば、

「利害が一致した」

 ということで、自分も逆に、

「安西を利用して、復讐を遂げる」

 と考えたことで、安西の言いなりになっているかのように装ったのだ。

 二人で、計画を立てるのだから、そこに、小心者の男が一人加わったのだから、この男は、本当に駒でしかないのだ。

 そんな二人の計画は、ある程度までうまく行っていた。

 しかし、三人が三人の中で、次第に疑心暗鬼が強くなっていき、自分たちの計画が、

「ピークを通り越してしまった」

 ということに気付いていなかったのではないだろうか。

 その疑心暗鬼からか、誰かが自首をするということを決めてしまったので、犯罪は、瓦解してしまったといってもいいだろう。

 自首を決めた人間。それは、安西だった。

 つかさも、そうなってしまうと一緒に自首をすることになる。

 すべては疑心暗鬼からきたことであり、だが、安西とすれば、

「自首は、最初から考えていたような気がする」

 と警察には話したのであった……。


                 (  完  )

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疑心暗鬼の交換殺人 森本 晃次 @kakku

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