第2話

 あれから何日経ったのだろうか?何度夜をまたいだのだろうか?


 時間の概念なんてあってないような私にとって、どれだけ日が過ぎたのかなど、数えるだけ無駄だった。


 でもそれはこれまで変化が無かったからこその感情なのだろう。


 今回のように明確な基準点が出来ればその限りでは無いのだと、夜闇にくるまりながら、いつぶりかも分からない感想を抱いていた。


 それと同時に不思議な感情が湧き上がる。


「また会いたいな」


 彼に会いたい。もう一度、会いたい。


 人に会いたいなんて、こんなにも私が人の温もりを欲していたなんて知らなかった。


「寂しくなっちゃったのかな…………。なんか笑える」


 独り言を呟きながら自分自身に失笑して、私は立ち上がる。


『退屈』に紛れて、もう孤独には慣れたつもりだったのに。


 土にまみれた私は雪女よりシンデレラのほうがお似合いかもしれない、なんてみすぼらしい姿に呆れながら、地面でたわむれるありたちと別れを告げて歩き始めた。


「こんな私のどこが綺麗だったんだか」


 何年ぶりか何十年ぶりかの移動はとても辛いモノだった。運動能力は低下し、一歩進む度に気怠けだるさが増していく。でも私は足を止めない。


 彼が消えて行った方角を見据えて、ひたすら真っ直ぐ歩く。


 広大な山の中で出会える確率なんて奇跡にも等しいだろう。まして時間もかなり経っている。無駄だと一蹴されても言い返せない自覚はあった。


 けれど。


 生い茂る葉と葉の合間を分け入っていく。何の確証もないのに何故か、このまま進めば彼がいる。そんな予感がした。


 そして────、


 「…………もしかして!」


 第六感とも呼ぶべきか、空が明け始める頃に私は草叢くさむらうつむいて眠る彼の姿を見つける。まだまだ薄暗かったが、月明かりだけで発見するのは困難だっただろう。


 幸運だと思った。


 「ねえ」


 声を掛ける。


 しばらく待つも反応がない。


 「ねえってば」


 再度声を掛けてみるも無反応。目を覚ます様子もない。


 仕方がないので肩を叩いてみた。


 パシパシと服の上からでも衝撃が伝わるような威力を送り込む。


 「…………」

 

 何かかがおかしい。


 止めておけと脳が警鐘を鳴らしていたが、私は恐る恐る彼に触れてみる。


 人間とは思えない冷たさが掌に伝わってくる。


 よくよく見ると首はロープに締め付けられ、ギュッと絞られていた。原理的にはドアノブ首吊りと同じだ。長ささえ調整してしまえば簡単に縊死いしできる。


 頭が真っ白になった。


 そこに先日の記憶が混ざり込む。


「一人になれる場所を探してた」

「正直引き返すかどうか、迷っていたけど、あんたのお陰で決心がついたよ」

「背中を押してくれてありがとよ」


 彼の発言は全てそういうことだったのだろう。


 怒りが込み上げてくる。


 それは自分に対しても、彼に対しても合わせての憤怒だった。


「なんでっ!なんでッ⁉」


 怨嗟えんさで木々が枯れんばかりの咆哮を発する。


「私はずっと死にたいと思ってるのに、それでも死ねないのに‼私なんかに比べれば終わりがある分、誰もが皆、楽なはずなのに‼なのになんで簡単に死ぬことを選択するのよ⁉」


 私はその辺に落ちていた太い木の棒を拾い上げ、彼の亡骸なきがら目がけて振り下ろす。


「折角君の迷惑にならないように送り出してあげたのに」


 再び頭へ振り下ろす。


 今更頭蓋が壊れようが、首が引きちぎれようがどうせ死んでるんだ。何をしようと変わらない。


「淋しさはあったけれど、君と話せて嬉しいって感情で終わりに出来ていたのに。これからまた頑張れるかもって思っていたのに!」


 何度も何度も振り下ろす。


 いよいよ本格的に上ってきた太陽に照らされて、赤黒い液体が飛散する様子がハッキリと分かるようになってきた。


「それならもっと、彼との友好関係を築いて未練を持たせてから殺せばよかった。子供の一人でも拵えて、幸せの絶頂に至った瞬間を見計らってから天国に蹴り上げたのに」


 そうすれば彼は私の事を恨んで、呪ってくれたかもしれないのに。


 まだ試せていない可能性に縋れたのに。


 どうせ命を粗末にする気なら、私の役に立ってからにして欲しかった‼


「君の体をこんな風に滅茶苦茶にする私に怒ってよ、呪ってよ!」


 もう誰かも分らなくなってしまった遺体目がけて大ぶりの一撃を見舞う。


「ねえ、私のことを呪い殺してよ‼」

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不治の命と眠る夢 明日葉ふたば @Asitaba-Hutaba

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