第18話 それぞれの想い
それからあのときのベンチに並んで座り、望くんの話を聞いた。
主に話してくれたのは、望くんのご両親が離婚された経緯とその後のこと。
私と出会うまでのこと。
望くんはなんでもないことのように話すけど、表情が少し苦しそうだった。
それまでの辛さを私は完全になんて理解できないし、できるとも思わない。だけと私に話すことで少しでも辛さが軽減されたらうれしい。
「ごめん、こんな話。映茉、具合悪いのに」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう、話してくれて。……私にできることなんて、何もないかもしれないけど」
「そんなことねぇから」
私の言葉を、望くんが食い気味に否定する。
「……映茉は、隣にいてくれるだけで俺は十分だし」
「えっ」
とたんに顔が赤くなって、まともに望くんと目が合わせられなくなる。
また熱が出るんじゃないかってくらい、体中が熱くなる。
「そ、それは、よかった……です」
頑張ってひっぱりだした言葉は、それだった。
そろそろ出ようかと話し合って、私たちはひまわり畑を後にした。
……望くんと、ほんとに、両想いなのかな。
その事実が信じられなくて、頭の中で『両想い』という言葉がぐるぐるする。
森を抜けて道路へ出る。
なんだか、ずっと昔のことみたいに風景が懐かしく思えてきた。
「そういえば映茉、体調は大丈夫なのかよ」
「あ、うん。ちょっと頭がぼーっとするけど。あはは」
こんだけ外に出ておいて今更心配なんてかけられるわけもなく、軽く言いながら歩道を歩き始めたとき。
「じゃ、うちで休んでけよ」
とつぜん、近くから声がした。あわてて周りを見渡してみれば、隣の門に寄りかかる男の子が一人。
どこかで、見覚えのある顔。
わざわざ私の目の前までやってきたのは、ここに来る前に助けてもらったあの男の子だった。
ま、まさかこんなに早く再会できるなんて。
「……やっぱりあれ、お前だったのかよ」
すると望くんはなぜか、怪訝そうに眉をひそめながら男の子を見つめる。
あ、やっぱりこの二人、似てる気がする。それにしても、どういう関係なんだろう。
知り合い、なのかな。男の子は望くんのことを知っている感じだったし。
「まあ、話はゆっくり聞くから。ここは裏門だから、正門から入る。ついてこい」
ええ、ここ裏門なの?すごく立派。
男の子が手招きをしたので望くんと一緒についていく。
そう思いながらなんとなく上を見上げてみれば、それはあの原っぱのすぐ隣にある洋風のお屋敷だった。
え、ここに住んでるのかな?すごい……。
あまりのことに言葉もでないまま三軒ほど歩き、細い道で曲がった。
この辺は住宅街で入ったことがないから、どれもすてきなお家で胸が高鳴る。
そしてあのお屋敷の前まで到着し、男の子が両開きの門を開けた。
「入れ」
男の子に招き入れられ、望くんと横に並んで門を通る。
そういえば、男の子の名前をまだ聞いていない気がする。
私がもし聞き逃しているんだったら、申し訳ないけど……。
「あ、あの」
「……なに」
思い切って話しかけると、男の子が足を止めてこちらを向いた。
一見冷たく見えるけど、言葉の中と声色に優しさを感じる。
「あの、お名前って……」
そう問いかけてから数秒後。
あれ、聞いちゃだめだったかなと思い謝ろうとしたとき。
男の子は表情一つ変えずに口を開いた。
「......流星。白岩流星。……白岩望の、一つ下の弟だ」
「……えっ、ええっ」
しらいわ、りゅうせいくん?望くんの、弟?
一つ下ってことは、中学三年生ってこと?
あまりのことに、驚いて声が出ない。
望くんと似てたのは、そういう理由……!?
『弟』として意識すると、たしかに見れば見るほど似ている気がする。
そういえば、竹林さんが話の中で三人兄弟って言っていた。
「そんな驚くことかよ。とっくに分かってると思ってたわ」
「おい、お前」
望くんが声を少し荒げる。
だけど……流星くんはどこ吹く風でまた歩き出した。
頭が少しぼんやりするから難しいことは考えられないけど、兄弟ってことは理解した。
玄関先では、二人の女性に迎え入れられる。
「おかえりなさいませ、流星さん」
「ああ。……今は誰もいないから、気軽にしてろ」
私たちのほうを向いてそう言う流星くん。
誰もいないってことは、この方々たちはいわゆるメイドとかってことなのかな。
メイドさんたちが着ているのは、黒いワンピースに白いエプロン。まるでファンタジーの世界みたい。
私たちは家に上がり、一つの部屋のドアを開けた。
ここに来る前に、階段を一つ上がってたくさんの部屋の前を通ったのだけれど……。
部屋の中には、ベッドが一つと背の低い丸テーブルが一つが見える。
シンプルだけど、とても高級感の漂うお部屋だ。
でもこれ、流星くんの部屋とかじゃない、よね。
「まだ具合悪いんだろ。ここで休んでいけばいい」
流星くんが振り返り、私を視線で促す。
奥にあるのは、ふわふわそうなベッド。
横になったら、きっと気持ちいいんだろうな……。
「い、いいんですか?」
「別に、そのために呼び止めたわけだし。……で」
すると流星くんは望くんの右手首をがしっと掴んだ。
「お前はこっち」
流星くんは望くんをひっぱって、外へ出る。
そしてそのまま、長い廊下を歩いて行った。
「あ、あの、ありがとうございます……!」
聞こえなくなるうちに、と思いせいいっぱいの声の大きさでお礼を言って頭を下げる。
……でも、本当に使っちゃっていいのかな。
部屋に戻って扉を閉め、ベッドの前に立つ。
正直、頭がちょっとぼーっとしているし身体もぽかぽかして少し怠い。
……ごめんなさい、それとありがとうございます。
私はベッドの前に立ってさっきのように頭を下げると、するりと布団の中へ足を入れた。
わあ、ふかふか……!
さっそく横になってみる。夏だからか、掛け布団は軽くて冷たい。
身体が楽になっていく感覚がした。
そして、ゆっくりと目を瞑る。
—————10分後。
少し落ち着くと、頭が重かったのもだいぶよくなってきている。
でもなかなか寝れなくて、上半身を起こしてしまった。
いろいろな出来事があったから、少し興奮してしまっているのかも。
それならちょっと、頭の中を整理してみよう。
ここは流星くんのお家……でいいんだよね。
“今は”誰もいないってことは、誰かと住んでいるってことかな。
たとえば、流星くんのお父さん……とか。
竹林さんが、望くんと流星くんのご両親が離婚されたときに、望くんと望くんのお母さんだけが家に残ったって言っていた。
つまり、流星くんのお父さんと流星くんは引っ越しをしたってことだよね。
それで、その引っ越してきた場所がここってことなのかな……。
失礼になるかもしれないけど、ここが引っ越し場所なら少し現実離れしている気がする。
流星くんのお父さんが小さいころとかにもともと住んでいたお家とかなら納得がいくけれど、それなら望くんはこの家のことを知っているはずで。
でも、そしたら私が望くんを見つけたときにこの裏にある原っぱにいたのは不思議な気もする。
望くんは、この家のことを知らなかったってことかな?
望くんと流星くんの、過去や秘密。直接確かめることだってできるけど、それはなんだか“兄弟”の間に割り込んでいる気がしてならない。
—————小さいころからいつもかけっこは最下位で、運動全般はまるでできなくて。
勉強だって得意なわけじゃないから、人並みの知識ぐらいしかない。
いや、それ以下かもしれない。
おまけに好きなものは、虫や動物や自然。
もともと身体があまり強くないせいで風邪を引いたらいつも長引いて、今みたいに迷惑をかけてしまう。
私は、役に立たない存在なんだって思ってた。
だけど、望くんが好きなものは好きでいいって言ってくれて。
そばにいてくれるだけでいいんだって。
———うれしかったんだ。私、誰かの役に立ててるんだって思えて。
もちろん、家族に甘えてばかりのところや勉強があまり得意じゃないところとかは、よくしていかなきゃいけないけど。
でも、私はこのままでもいいのかなって、ちょっと自信がわいてくる。
……そういえば私、全然休んでないや。
起きているのに、このままお部屋をのんびり借りるのも申し訳ない。
ちゃんと、言ったほうがいいよね。
そう考えるとなんだかここにいるのがいたたまれなくなってきて、ベッドから出て歩き、部屋のドアを開けた。
廊下に流れる風は、少し冷たい。
床に敷いてあるのは赤いじゅうたんで、スリッパを履いていてもわかるふわふわとした感覚がする。
でも、そういえば二人がいるところを私は知らない。
でもたしか、階段じゃないほうに歩いて行ったような気がする。
私は左にある壁に沿って足を前に進めた。
左に並ぶ部屋は八つくらいあって、それが私のいた部屋の目の前にも並んでる。これは、一つの列に十いくつくらいはありそう。
そして四つほど部屋のドアを通り過ぎたとき、向かい側から微かに声が聞こえてきた。
もしかして、この部屋にいるのかな。
ノック……しても、大丈夫だろうか。
そして、これまたすてきな洋風デザインのドアを三回たたこうとしたとき。
「で、母さんは今どうしているんだ。今のお前の話をざっくり聞いたところだと、その入学式以来会ってないだろ」
流星くんの声が、はっきり聞こえた。
どうしよう、今ここで入っても……邪魔しちゃう気がする。
私は軽く握った右手を下ろす。
すると今度は、望くんの声が聞こえてきた。
「……まあ、そうだけど。帰ってる気配はなさそうだし。父さんだって、母さんと連絡つかねぇんだろ」
「ああ。この前父さんの銀行口座から、母さん名義で金が振り込まれてたらしい。父さんが確認の電話入れたんだけど、電話番号が変わってたっぽい。銀行口座も気づいたときには、もう解約されていた」
盗み聞きしちゃいけないって分かってるのに、足が動かない。
……望くんと流星くんの、お母さん。
もちろん会ったことなんてないから、分からないけど……。
でもきっと、二人にとっては大切な人なんだろう。
望くんとどういった関係だったのかは、原っぱにいたときに聞いたから想像はできる。
望くんに、なにをしたのかも。
だけど、二人にとってはたった一人のお母さん。話し方から、その思いが伝わってくるような気がした。
なんて、私が分かったように考えるのはおかしいけど。
しばらくしてから、真剣な流星くんの声が聞こえてきた。
「……会うのかよ。探してまで」
「いや。探されたら向こうも迷惑だろ」
流星くんの問いに、望くんが返す。
「……そうか。望がそうしたいなら別に。俺が口出すことじゃないし」
「……映茉にさ、家族のことやいままでのこと、言わなきゃなって思ってた。なら、ちゃんと母さんと会って話し合いをしてからのほうがいいんじゃねぇのかって。俺の過去に一区切りつけるみたいに。……でもさ、別に一区切りなんてつけなくたってそのままの過去がある俺を、映茉は受け止めてくれるんじゃないかとも思った。俺の、かっこ悪いところも。……そもそも母さんの意思で家は出ていったわけだし。まあ俺のせいもあるだろうけど。でも、それでむしろ追いかけるのは迷惑な気がしてる。母さんに対しての“申し訳ない”って気持ちはあるけど、わざわざ伝えにいくのは、それこそ申し訳ないって思ってるから」
望くんの声は、優しかった。それほどにお母さんのことを思ってるんだなって伝わってくる。
「映茉は、俺にとって大切な存在なんだよ。映茉がいなかったら今頃、たぶんこの世にはいなかった。もちろんそれだけじゃないし他にもいろいろな面で……救われたんだ、映茉には」
……望くんが、私のことをそんなふうに思ってくれていたなんて、知らなかった。
私のほうが、望くんに救われてるよ。ありのままの自分でいいって思えたのは、こんな私にも優しく接してくれた望くんの存在があるから。
ドアの前に立っていることも忘れ、ぽろりと涙がこぼれた。
でも、これは悲しい涙じゃなくて。
胸が暖かくなったときに出る、涙だった。
「……望。今の話、本人にも直接伝えろよ。そうじゃないと意味ないだろ」
「……分かってる」
私は落ち着いてから、ゆっくりと部屋に戻った。
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