第8話 さがしもの
午後6時。初夏の今は春より大分日が延びたけど結構暗い。
だけど屋台の明かりがアスファルトを照らしていて、まだまだ歩いている人は大勢いる。
私たちはいろんな屋台を回った。
たとえば、美術のお店。
たくさんの作品があったけど、中でも風景画が多くて、どこかの外国の庭園とかお城とかをモチーフにしていた。窓のカーテンやお城の門のデザインのディテールが細かくてとても素敵だった。
屋台それぞれに個性が出ていて、どれも心をこめて描いたことが伝わってくるものばかり。
私はそこまで美術の知識は豊富ではないけれど、どんな気持ちで描いたんだろうとか、絵から伝わる神秘的な雰囲気とかは良く分かる。
他には、スイーツのお店。
夏祭りみたいにチョコバナナとかかき氷とかが販売されているのももちろん楽しいけれど、お菓子を芸術作品として見ると、また違った形で面白くて楽しい。
チョコレートケーキを実際に作っているパフォーマンスもしていて、思わず見てしまった。パフォーマンスは豪快に見えるけど、手元に作られていくケーキはとてもきれいでびっくりした。
作る過程というのも、一つの技術だったりするのだろうか。
その次に回ったのは、手作りの小物のお店。
雑貨を取り扱った屋台が集められた道があって、私くらいの年齢の女性がとても多いように思った。
売られているものは、どれもすてきなものばかり。
可愛らしいストラップや指輪。手縫いと思われる小さなうさぎのぬいぐるみなど。
私の大好きなセキセイインコの髪飾りが、特に可愛かった。
「見て見て、これかわい~っ!」
品物を眺めていると、隣に大学生くらいのカップルがやってきた。
彼女さんと思われる人が指差したのは、いるかのプラスチック製のストラップ。
小さめの浅いかごには二匹のいるかがいて、青色とオレンジ色。きらきらしていてきれい。
すると、奥からエプロンを着た店員さんと思われる人が出てきた。
「それ、二つで一つのものなんです」
「二つで一つ、ですか?」
彼女さんがそう問いかけると、店員さんはにっこりと微笑む。
そして、二つのいるかを手に取った。
「はい。こうすると……」
店員さんが両手に一つずつ持ったいるかを合わせると、かちゃりと磁石のくっつく音がした。
青のいるかは逆さまでオレンジのいるかは上を向いていて、ちょうど相手にぴったり収まる仕組みになっているみたい。
「ええっ、すごーい!」
彼女さんが感嘆の声をあげる。横で見ていた私も心の中でおーっとなる。
「これ、お客様のような素敵な二人に持っていただきたいと思いまして。青は、海。オレンジは、太陽。たとえ一時は離れてしまっていても、日が海に沈むみたいにずっと二人の想いが交差するようにと思って作成したものなんです」
店員さんはかごにそっといるかを戻しながら、やさしく笑った。
海と、太陽。日中は、離れ離れの二人。だけど、夜になればまた会うことができる。
実際そんなロマンチックなことは起こらないのだけれど、今もどこかで海と太陽のように楽しく夜を共に過ごす人たちがいるのだろう。
「ええーっ、あたし、こういうの好き!あたし、このいるかさんみたいにたっくんとずっと一緒にいたいもん!」
「うおっ、いきなり抱きつくなよ」
ぎゅっと彼氏さんの腕に抱きつく彼女さん。
彼氏さんはびっくりしていたけど、うれしそうだ。
誰かと一緒にいることで幸せを感じられるなんて、どれだけ素晴らしいことなんだろう。
漫画とかである、「キミ以外いらない」なんて言葉は実際に存在したりするのだろうか。
私もそんな人と将来一緒になりたいと思うけれど、そもそも友達が一人もいない私に大切な人なんて見つかるのだろうか。
あのカップルは、いるかのストラップを買っていった。
そういえば、だいぶ奥まで来てしまった。この通りを抜けると、多分屋台はなくなる。交通規制がかかっているのも、あと数十メートルといったところだろうか。
というか、今まで散々白岩くんを振り回してきてしまった。白岩くんはなにも言っていなかったけれど、きっと疲れていると思う。
「白岩くん。ごめんね……」
ちょっと休憩しようか。とつなげようと左横を見る。
だけど、そこに白岩くんの姿は見当たらなかった。
全身から、さあっと血の気が引いていく。
左方向には人ばかりで、しかもあたりはさっきよりも暗くて探そうにも探せない。
とりあえず電話してみよう。お店から離れ、邪魔にならないよう端の方へよける。
肩にかけていたポシェットの中に手を入れてスマホを探す。
スマホを見つけ、電源を入れてみるけどつかない。
「こんなときに充電切れ……?」
思わず声に出してしまい、周りから好奇の目を向けられる。
でも、そんなの気にしていられなかった。
こうなったのは、白岩くんのせいじゃない。
私のせいだ。
小物の屋台の通りを抜け、人とぶつからないように気を付けながら歩く。初夏の生ぬるい風が吹き、額に汗を感じる。
私は、この先にある駅に向かおうと思った。
駅なら公衆電話が借りられる。
白岩くんの電話番号は知らなかった。だけど、私はなにも考えずにただ歩く。
どこかにいけば、なんとかなると思った。
昔から、甘えてばかりだった。
それは、人だけじゃなく、運とか、未来とか。
自分がこの先不幸になっても、きっと最後にはなんとかなるんじゃないかって何の根拠もなく信じていた。
でも、そんなことはなくて。
努力しなきゃ夢は叶えられないし、自分の望む明るい未来もやってこない。
暗い想いで望んだ未来は、きっと暗いままで。
甘えてばかりじゃダメなんだって、白岩くんと出会って思った。
私は、今まで一度も白岩くんの笑顔を見ていない。
だから、私は白岩くんを笑わせてみたい。
苦笑いとか、愛想笑いとかじゃなくて。心の底から。
歩きすぎて足の裏が痛い。少し、休憩しよう。
屋台のある大通りから外れて、人気のない歩道にある段差の石に腰掛ける。
靴と靴下を脱いでみるけど、特に靴擦れとかはしていないみたいだった。
よかった、とほっと胸を撫でおろしたとき。
「ねえ、そこの君」
「えっ?」
突然目の前に人影が落ちた。
反射的に見上げてみるけど、白岩くんじゃないことは一目瞭然だった。暗くてよく見えないけれど、知らない若い男の人。
その隣には、もう一人若い男の人が立っている。
「そんなところでどうしたの〜?俺らと一緒に遊ばない?」
「……え」
心臓がはたりと止まった気がした。ほんとに止まったら私は死んでしまうのだけれど。
背中に冷や汗が流れる。突然のことで、びっくりして声が出ない。
「泣きそうだし、彼氏にでも捨てられたんじゃねえの」
「あ〜そうかも。ねえ、そいつのことなんか忘れて俺らと一緒にあそぼーよ」
話しかけた男の人のほうが、私の手をぎゅっと掴んできた。
今度は恐怖で、身動きがとれない。
掴まれた手の力が強くて、痛い。
白岩くんは、あのとき、私の手首を優しく掴んでくれた。
ああもう、なんで、こんなときにそんなことを考えてしまうのだろう。
私は、甘えてちゃダメなんだ。知らない人は、怖い。それに、大人の男性に敵うはずなんてない。
だけど、頑張らないといけない。私は、今までの甘えてきた代償を背負っているんだ。
口を開けるけど、声は出なかった。それどころか、立ち上がらされてしまう。頑張らないといけない、のに。
「ね、大人しくしていれば安全なところにしか連れていかねえからな?」
そう言いながら、肩を抱くふりをしてそっと腰を触ってきた。
嫌だ。怖い。怖い……っ!
私は結局何もできずに終わる。こんなことにも抗えず、ただただ従わされて。
でも、これが一つの代償なのだとしたら、まあまあ軽いほうなのかもしれない。
そのときだった。……声が、聞こえたのは。
「ねえ、なにしてんの」
―――――俺の、彼女に。
「は?なんだよお前。この子の彼氏?」
「そうだけど。だから、その手を離せよ」
間違えない。この声は。
私は、俯いたまま顔をあげられなかった。
「ふーん、なんだよ。せっかく手頃な女、見つけたと思ったのにさ」
男性はあっさりとその手を離す。舌打ちを残し、もう一人の男性を連れだって行ってしまった。
とたんに身体の力が抜けて、その場に座り込む。
目の前に、すっとあのときと同じように手が差し出される。
傷は、やっぱりあのときより少し良くなっていた。
「今度は、ちゃんと掴め」
優しくてほんのり甘い声が耳に響く。
ついさっき、もうなににも、誰にも甘えたりしないんだって決心したばかりなのに。
その手を掴んでしまうのは、なんでなんだろう。
そのままひっぱって立ち上がらせてくれる。
手の温かさが、心地いい。
「ごめん、すぐ助けにいけなくて」
「ううん。こうなったのは、私のせいだから」
あのときよそ見せずちゃんとしていたら、こんなことにならずに済んだのだ。
そうしたら白岩くんに迷惑かけずに済んだし、怖い思いをしなくて済んだ。
私は俯いたまま目を閉じる。
「……足、痛いだろ。とりあえず靴履こう」
手が離されて、もう一度腰掛けて靴下と靴を履く。
履き終わったとき、ぽたっと、何かが零れ落ちた。白いロングスカートに染みる。だけど、暗くて行方までは分からない。
すると、急に顔に手が触れてそのまま視線が上に向く。
「しらいわ、くん」
「望って呼べ」
目の前にある哀しそうな表情を見てしまったら、逆らうことなんてできない。
躊躇うことなく、その名前を口にした。
「望、くん」
「どうした、映茉」
今度は、優しい顔だった。
「ごめんね。……ありがとう」
しらいわくん……望くんは、私たち家族に感謝してるって言っていたけれど。
それなら私は、望くんに感謝してるんだよ。いや、感謝してるだなんていう言葉じゃなくて。
もっと、ちゃんと適切な言葉があるはずだ。
この気持ちを表せられる、なにかが。
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