第7話 白岩くんの大切な人
土曜日の夕方4時あたり、私は白岩くんと例の部屋の掃除をやっと終えたところだった。
廊下には大量のゴミ袋とタンスやゴルフクラブがあるが、なんとか部屋としては使えそうでよかった。
結局片付けには一週間ほどかかってしまって、それまで白岩くんは私の部屋で寝ていたのでそこは本当に申し訳ない。
でも、その間に白岩くんの身体の傷はどんどん良くなっていった。もちろん足や腕しか見てないし、まだ治りかけではあるみたいだけど。
「ふう、これでもう大丈夫だね」
「……ごめん、ありがとう」
「ううん。私がしたことだから、気にしないで」
白岩くんは小さくコクリと頷く。
金髪にピアス。そんな彼の容姿に初めは心のどこかで恐怖を抱いていたのかもしれない。
けれど少しの間一緒にいただけなのに、そんな気持ちはどこかに消えて、いつのまにか敬語も抜けていた。
これも私の悪い偏見になってしまうかもしれないし、申し訳ないと思うけれど。金髪ってやっぱりどこかで知らない世界の人ってイメージがついてた。
だけど、実際はそんなこと全然なくて、白岩くんはあまり感情が表に出ないだけで怖い人でも何でもなくて、私と同じなんだって思った。
人のことを見た目や雰囲気で判断しちゃいけないって、改めて思う。ちゃんとそこは考えていかないと。
「映茉ちゃんに白岩くん、掃除は終わった?」
『ゆうたろー』と書かれたドアプレートのかかる扉を閉めたとき、お母さんが階段を上ってきたのが見えた。
話しかけながら、こちらに歩いてくる。
「うん、無事に。整理しなきゃならないものがちょっと多いけれど。とりあえず部屋はきれいにしたよ」
お母さんは足でものをよけながら、頷く。
「よかった。じゃあ、掃除も終わったし、お祭り行けるね」
「うん……。え?」
あれ、今なにかお母さん言ったような。
返事をしておきながら首をかしげていると、お母さんは少しびっくりしたように目を丸くさせた。
「……お祭り、ですか」
数秒経ってから、確認するように白岩くんがつぶやいた。
お祭りって、あたっけ。そんなもの。
「あら、映茉ちゃんまさか忘れてたの?治谷祭りのこと」
「えっと、……あ、あれ今日?
そこまで聞いて、やっと思い出した。
ここ、治谷市では毎年6月と8月に一回ずつお祭りが開催されている。交通規制がかかってたくさんの人が集まるお祭りで、いわゆる歩行者天国というもの。
8月は普通のお祭りのような屋台が並ぶんだけど、6月にあるほうのお祭りは、芸術作品メインで屋台が並ぶ。
手作りのお菓子や料理。美術作品などいろいろ。自分の作ったものならなんでも展示、出品してもよいということになっている。
私自身毎年楽しみにしている催しだ。
「もう掃除終わったんでしょう?それなら二人で今から支度していってくればいいんじゃないかしら」
提案したとなれば、思い通りにするまで絶対意見を曲げないのがお母さんだ。
私はちょっと待ってください状態なのだけれど、そんなことお構いなしに私たちに向かってウインクをした。
「す、すごい人……」
目の前に広がるいつもと違う景色に驚く。
ちょうど一年前にあった6月の治谷祭りよりもずっと人が多い。去年の8月のときのと同じくらいの人ごみ。
突っ切ろうものならすぐに波にのまれてしまいそうだ。
それに今年は、もう一つ違う。
「まじで、すげえ人多い」
隣には、白岩くんの姿。今までこういうとこには両親や晃成くんとしか来たことがなかったから不思議な気分。
一緒に行くくらい親しい人なんて、今までいなかった。
だから、こうやって家族以外の人とお祭りを回れるなんてうれしい。
なんだかんだ憧れがあったんだ。友達とお出かけって。
まあ、白岩くんと私の関係が友達なのかは分からないけれど。
まだ出会って一週間ほどで、こんなの都合がいいかもしれないけれど。個人的に白岩くんは私の大切な友達。もしくはこれからそうなっていけたらいいなって思う存在。
こんな私でも、少しくらい夢を見てしまっても許されるかな。
なんて思いながら、近くにある出店をちらりと何件かその場でうかがっていると、なにかの視線に気づいた。
あれ、と思い周りを見渡してみると、やっぱりこちらを見ている人がいる。それも、複数人。
その視線の正体は大抵が女の子のもので、私ではない別方向に向いていることに気づいたのはすぐのことだった。
「見て、あの人かっこいい~」
「あ、ほんとだ!イケメン!」
なんて声がちらほらと聞こえる。
多分、というか絶対白岩くんのことだよね。うん。
やっぱり、誰から見ても白岩くんってかっこいいんだろうな。
さらりと左側を見上げてみれば、白岩くんは人がはけるのを待っていた。女の子たちの視線には、気づいていない様子。もしくは、気づかないふりをしているのか。
本当にきれいだ。横顔のラインもきれいすぎて私には眩しいくらい。
Tシャツにジーンズ。普通の恰好なのに、それまでもがスタイルの良さを強調させている。
これだけかっこいいと、モテるんだろうな……。と考えたところで、私は衝撃的な事実に気づいてしまった。
白岩くんって……。彼女とかいたりするのかな。
まだ会って一週間しか経ってないけど、さすがに知っといたほうがいいこととよくないことがあるよね?
もし、白岩くんに彼女っていうか、恋人とか、そういう大切な人がいたりしたら。
私、その人にとって邪魔な存在なのでは……?
「映茉、いくぞ」
白岩くんが私を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、頭に入ってこない。
私は白岩くんとそういう関係になりたいわけじゃない。ただ、同じ屋根の下一緒に住んでるわけだから、仲良くなりたいって思うだけ。
だけど、それってもしかしたら白岩くんの大切な人にとっては邪魔なだけだし、もしかしたら白岩くんもそう思ってたりするのかな……。
迷惑、だって。
「映茉。おい」
「えっ?」
左手首に違和感を感じた衝撃で、ふと我に返る。
見上げてみれば、いつもと変わらない表情の白岩くんがいた。
「大丈夫か。ぼーっとしてたけど」
「え、あ、私、ぼーっとしてたかな?」
「ああ。俺の声、聞こえてねぇくらい」
私がぼーっとしてしまっていたという白岩くんの話は、きっと本当なのだろう。
だけど、私がなんで白岩くんの声が耳に入らないくらい考え込んでいたのかって言われると、分からない。
「それは……ごめんなさい」
「謝んなくても大丈夫だから。……じゃあ、行くか」
今のことは気にしていないみたいにさらっと流される。
白岩くんが歩き出すと、私も引っ張られるように歩く。
そこで、ようやくさっきの違和感の正体に気が付いた。
あのとき、私は白岩くんに左手首を掴まれたんだ。
それは離されることなく、今も掴まれたままになっている。
あとで白岩くんに確かめたいことを思いながら、私は歩いた。
しばらく歩いていると、やっと人ごみをぬけて開けた場所に出た。
屋台もまばらで、人もあまりいない。
そのまま白岩くんの手も離されてしまう。
温かかった左手首が6月の夜の冷たい空気にさらされて、少し寂しく感じてしまった。
そんなこと思うなんておかしいのに。
「このままじゃ、夜になればもっと人が増えるだろうな」
隣で、白岩くんがふうと息を吐くのを眺める。
そこでようやく、私は白岩くんに聞きたいことがあったのを思い出した。
「白岩くん」
「……なんだ」
歩みを止め、少し後ろを歩いていた私のほうを見下ろす。
私は躊躇なく目を合わせた。
「白岩くんにとって大切な人って、いたりしますか?」
答えによっては、私は白岩くんのもとを離れなければならない。
白岩くんの治りかけの傷が心配でも、また倒れたりしないかが不安でも。
そもそも、私たちは出会ってまだたったの一週間だし、どんなことを聞かされても私は驚かない。
私は所詮、白岩くんのことはなにも分からないから。
それなら、白岩くんが一緒にいたい人といたほうが、ずっと幸せなんだと思う。
「俺の、大切な人……」
本当は、答えを聞くのが少し怖かったなんていうのは、秘密だ。
けれど、白岩くんの回答は予想外のものだった。
「……今は、いねぇ」
目をそらさない白岩くん。
まっすぐこちらを見つめる瞳で、嘘じゃないって伝わってくる。
その言葉に、私はほっと息をついた。
よかった。白岩くんに大切な人はいない……なんて言ったら失礼かもしれないけれど、なんだかとても安心した。
「てか、なんで、そんなこと聞くんだよ」
「だって、もし白岩くんに恋人とかがいたら、私と一緒に暮らしてるなんて迷惑なんじゃないかなって……」
ついさっき合っていた視線は共々今ははずれている。けれど、白岩くんに対する心配の気持ちは、本当なんだ。
私は、自分でそれに気づいたから、こうやって言葉に出来ている。
「迷惑じゃねえよ。映茉たち家族には、感謝してる。あのとき助けてくれなかったら、俺は今頃ここにはいないだろうから」
少し悲しそうな表情で、白岩くんは空を見上げる。
どうしてそんな顔をするのか、今何を思っているのか、私にはまだ分からない。
だけど、一緒に暮らしているのだから、その一億分の一くらいは分かってもいいんじゃないかと思う。
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