第3話 一緒に暮らしましょう

一階に降りると、お母さんは夕飯の準備をしているところだった。

おじいちゃんとおばあちゃんはソファに座って仲良くテレビを見ている。


「お母さん、手伝うよ」


階段の近くからキッチンの方へ声をかけると、お母さんがひょこっと顔を出してきた。

私の家は階段を降りるとリビングにつながっている。すぐ近くには、カウンターキッチンがあるのだ。

リビングには、美味しそうな香りが漂っている。


「今日くらいは大丈夫だよ。それより、こんばんは」

「こんばんは。……すみません、お邪魔して」


白岩くんの言葉に、お母さんはにっこりと笑った。



「いいのよ。でも、大丈夫そうでよかっ……」


「映茉ーっ!その男は誰!?」



突然、リビングに大声が響いた。

何事かと思ってすぐ近くにあるドアの方を見ると、大声の主は厳しそうにこちらを見ている。

今ちょうど外から帰ってきたようだ。



晃成こうせいくん、今日は早いねー!」

「おばさん、ただいま!」


その人はキッチンにいるお母さんに挨拶すると、また険しい顔でこちらを向く。


「ごめんなさい、晃成くん!勝手に服を借りちゃいました!」


私は晃成くんに頭を下げて謝る。

晃成こうせいくんというのは、私のお父さんの弟。つまり、私の叔父にあたる人。

実をいうと、服を借りっぱなしにしていた家族っていうのは晃成くんのことなんだ。


「いや、それ俺も忘れてたしいいよ。というかそれより、この金髪男は誰だよ!」

「晃成くん、お客さんに失礼でしょー。はい、とっとと手を洗う!」


私が頭をあげた瞬間、目の前にタオルが飛んできた。

晃成くんが、瞬時にぱしっと一つの狂いもなくそれを掴む。


「おお、あっぶねー。おばさん、そろそろキッチンからタオル投げつけてくるのやめませんかー?」


お母さんがその言葉を無視してしまい、もうーと口を尖らせる。

そして、バシッと白岩くんを指さした。


「あとで絶対、問い詰めてやるからな!」





「私から見て左側から私の父、母、夫、夫の弟、そして娘の映茉です」

「……白岩望、です」



時刻は7時過ぎ。

リビングの大きなちゃぶ台には夕飯のハンバーグと白ご飯、お漬物が人数分置いてある。

私から見て右から晃成くん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん、お母さん、そして白岩くんの順番で座ってテーブルを囲んでいた。


「あのね、今日の下校中に倒れているのを見つけたんだ。雨もひどかったから、とりあえず家に連れて帰ってきたの」


一連の流れを簡単に説明すると、おじいちゃんとおばあちゃんは納得したようにうなずいてくれる。


「はあ?なんだそれっ……うぐっ」


開かれた晃成くんの口を手で押さえながら、お父さんが言った。


「あの雨の中をか?大変だったな」

「そうなのよ。映茉ちゃんも彼も、びしょ濡れだったんだから」



お母さんがそう言ってうんうんと相槌を打つ。とりあえず、説明できてよかった。

ほっと安堵のため息をつく。


「……そうなのか。でも、無事でよかったよ」

「今もひどい雨よね。お父さんも晃成くんも一応濡れてはいないみたいだけれど、えっと、白岩くんだっけ。風邪、引いてないといいけど。夏だけど少し厚めのお布団を用意しておくわね」


少し心配しながらそう言うお母さん。

確かにさっきから雨風が窓を叩きつけるすごい音がするし、この中を気を失っている白岩君を担いで歩いてきたなんて今でも信じられないよ。


……え、あれ、いまお母さん、なんて言った?


「じゃあ、みんな食べるか」

「そうねぇ~」


お父さんの言葉へ穏やかにおばあちゃんが相槌を打ち、お父さんと二人で箸に手をつけようとする。


「ちょ、ちょっと待て!」


やっと手の呪縛から放たれた晃成くんが、勢いよく手のひらを広げて止まるよう合図する。

ざざあっと雨音が部屋に響いた。


「……こいつは、ここに泊まるのか?」



箸を置く音が、二つ分耳に入る。

晃成くんは、こちらをじっと見て言った。正確には白岩くんのほうだけれど。

しん、と一瞬にして静まり返るリビング。


五秒、いや十秒という感覚的にはとても長いと思われる沈黙を破ったのは、お母さんだった。



「そりゃ、ご飯だけ食べてもらってそのあと危険な雨の中ばいば〜い、なんてできるわけないじゃない。それに、ひどい怪我をしているし」



「白岩くんがよければだけど」と最後に付け足す。

たしかに白岩くんはけっこうな怪我をしていて、加えて雨もすごい。

……それにさっき自分で白岩くんに、出ていくなって言ったし。


「まあ、怪我をしているの。それは大変ねぇ」

「痛くないのかぁ?」


ついさっきまで笑顔だったおばあちゃんとおじいちゃんも、心配そうな表情で口々にそう言う。

私だって心配だ。……それに、こうなったのには、なにか理由があると思うし。

それを探ろうとまでは思わないけど、とにかく心配なのだ。


「じゃあ、仮に泊まるとして、部屋はあるのか?」


晃成くんがお母さんの方を見て問いかける。



「優太郎くんのお部屋があるじゃない。たしかベッドもあるし、机も移動してないはずだから、使えると思うけど」


右隣からいたっと小さく声が聞こえた。

お父さんが晃成くんの頭を軽く小突くのが見える。


「観念しろ、晃成。映茉はいつまでもお前の妹じゃないからな」

「はあ?なに言ってんだよ、にーちゃん」


お母さんの柔らかく笑う声が聞こえる。


「じゃあみんな、冷めちゃう前に早く食べちゃいましょー」


えっと、これ、正式決定……?ということ?


白岩くんに、身体の傷を直してほしい。だって、心配だから。

心の中でいろんな感情が渦巻いている。だけど、私の中では“心配”という気持ちが渦の真ん中の思いのような気がする。


私は白岩くんのほうを向いて、正座し直す。

息を目一杯吸って、言った。



「私たちと、い、一緒に暮らしませんか!?」

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