パピコ
惣山沙樹
パピコ
俺の彼氏はメンヘラなので会いに行くたびに機嫌がコロコロ変わっており慎重な対応をしなければならないが、それはわかっていて惚れたし付き合ったしでその辺りは問題はない。
ただ、メシを食べてくれない時は困る。ただでさえ痩せていて色も白く血も栄養も回っていなさそうなのに。
「
そう声をかけると、ベッドの上の彼氏はモゴモゴと口を動かした。
「……パピコ」
「んっ。コンビニ行ってくるわぁ」
合鍵なら渡されていたので鍵を締めて美月のアパートを出たが、扉自体がガタガタしていて意味があるのかないのかわからない。大学を卒業したら美月と一緒に綺麗なマンションにでも引っ越そうとは考えているが、その計画を打ち明けるタイミングがわからないままだ。
コンビニに入りアイスの棚を端から端まで見たが、パピコはなかった。他のアイスを買って帰ってもきっと美月は納得しない。俺はスーパーに行ってみることにした。
梅雨は明けたのだろう。容赦なく陽に晒された。俺は生まれつき目の色が青く、サングラスをしないと真夏はキツい。それでなくても目のせいで目立つのは嫌なので季節に関係なくかけているのだが、美月曰く「そっちの方がかえって怪しいねん」とのことで、UVカットつきの伊達メガネにした方がいいかもしれないと考えているところだ。
このスーパーにはよく通っておりアイスの位置も把握していた。パピコは残り一つ。よっしゃ、と手を伸ばすともう一人の手とぶつかった。
「あっ……」
子供を連れた若い母親だった。俺はしゅっと手を引っ込めて、くるりときびすを返してスーパーを出た。ここがダメならもう少し先にあるコンビニだ。
――はぁ、あっつぅ。
俺の髪は後ろで一つに束ねられるくらいには伸びていた。美月の部屋にヘアゴムくらい転がっていた気がするのでそれを拝借してくればよかった。シャツの襟の辺りに熱がこもっている。
流れる汗をぬぐいながら二番目のコンビニに着き、ようやくパピコを手に入れることができた。味は聞いていなかったが、おそらくチョココーヒーで間違いないだろう。
「美月! ただいまぁ!」
美月はベッドを出て床の上でタバコを吸っていた。
「
パピコは二本だし待たせたのはせいぜい三十分くらいだったのだが、今の美月にそれを言うと灰皿を投げられそうなのでやめておいた。
「ごめんて。食べよ、なっ、なっ」
俺はパピコを袋から取り出して一本ずつに分け、美月に手渡した。美月は巣の中の雛鳥みたいな勢いでパピコをぶんどってきた。じいっと美月の様子を見守る。まずはフタのところにたまっているところから食べるみたいだ。俺もそうした。
「ん……美味い」
パピコはいい具合に溶けており食べやすくなっていた。しばらく無言で吸い続けた。少なくなってきたので、底の方を折りたたんで小さくして、どんどん中身を吸い口に近付けた。
「ありがとう、蒼士」
素直に礼を言ってくれるのは気分が落ち着いたサインだ。
「ええよ。可愛い彼氏のためなら何でも買ってきたる」
俺がそう言うと、美月はニイッと口角をあげた。
「ほんま? ペンギン買ってきてくれる?」
「はぁ……ペンギンかいな」
「ペンギンも鳥やから触ったらふわふわやねんて。なぁなぁ、僕ペンギン触りたい」
「餌代めっちゃかかりそうやな……調べとくわ……」
「もう、冗談やってば」
こうして冗談を言うのはさらに良くなってきた証拠だ。パピコ様様である。最後の一滴までパピコを吸いきって、美月の分のゴミも一緒に捨ててやることにした。美月は噛み癖があるのでパピコの吸い口もガジガジに痕がついていた。
美月がベッドに腰をおろしたので俺はその隣に座った。
「美月、他にも何か食えそうか? 作るか買うかするけど」
「もうええ。それよりさぁ……」
美月は俺の腕にすりすりと頬をすりつけてきた。久しぶりの甘えん坊モードであるがこのまま突入していいのだろうか。こちらは相当汗をかいているのだが。
「ちょっ、美月、シャワー浴びさせて……」
「あかん」
さらに俺のワキに鼻を突っ込んでかいできやがった。美月は酔うとタチが悪くなるがパピコってアルコール入ってた?
「み、美月ぃ……」
「蒼士の匂いするぅー。シャツ脱いで?」
「あっ、うん……」
大人しく言われた通りにすると、美月は俺のシャツを抱きしめて寝転んでケラケラ笑い出した。
「あはっ、あはっ、これしばらく借りとこ」
「本体は?」
「くっついたら暑苦しいからタバコでも吸っとけ」
「さよか……」
俺は上半身裸のままベッドをおりてタバコに火をつけた。美月はジタバタと足を動かしており、なんだかんだでその様子が可愛いので俺はぼんやりと紫煙をくゆらせながら見つめていた。
パピコ 惣山沙樹 @saki-souyama
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