掌の上

「お爺さま、お婆様、お疲れさまでした」

「ツェツィーも、王太子夫妻の名代ご苦労だったな」

「とんでもございません。それより、早急に結婚式の返礼品をご確認なさった方が良いかと」

「どういうことだ?」

「わたくしとお父様お母様への返礼品は、とんでもない魔導機器でした。わたくしのは、この可愛らしい腕輪と対になったティアラです。顔に別人の幻影を見せる機能がございます。このように」

「なんと!? まるで別人ではないか!」

「わたくしは盾魔法も光の矢も使えますが、幻影を見せることはできませんから、アカリ様はこのような機能になされたのでしょう。お母様にも腕輪と対のティアラでしたが、腕輪のボタンで動作させると、見えない盾の結界が球状に張られます。しかも海や川に落ちても、濡れずに浮くようです。さらに結界内の温度を適温に保つ機能までありました。ですがお父様には、装飾された短剣でした」

「護衛が要らなくなるではないか…。しかし短剣が婚姻の返礼としては珍しいな。機能は?」

「鞘には盾魔法、短剣の刃には何でも切裂く魔法が展開しました」

「なんでもじゃと!?」

「ペーパーナイフは、当てただけで切断されました。お父様は、剣を切ってみると言って飛び出して行かれました」

「またとんでもない物を…。王太子には、身を守りつつ戦えということか。余のは…王太子妃と同じ機能のようだな。王冠になっているが」

「陛下、わたくしのティアラも陛下の王冠と同様の機能のようですわ」

「これを使って身を守れということか……。渡り人は、これほどの物を作れる知識を有しているのだな。まったくとんでもないな」

「わたくしのお婆様は、社会的な知識はかなりお持ちでしたが、このような物を作り出す技能はお持ちではありませんでしたわ」

「アカリという渡り人は、物を作り出す知識に長けているということか」

「アカリ様が一番長けておられるのは、理解力と応用力ですわ。物の構成や成り立ち、存在理由を理解して他の物に応用できる。その能力が、他者の思考にまで及んでいるのです」

「なるほどな。宰相の策を看破し、身近にあるものを使って手痛いダメージを与えた。傲慢な伯爵家継嗣に現状を認識させるだけでなく、他の者の意識改革にも利用できたわけだ」

「その場で瞬時に、わたくしの立場を立てつつ、罰することの重責を回避していただきました。鮮やかすぎて、感嘆するしかございませんでしたわ」

「王命不服従や不敬罪の可能性に思い至らせ、余が派遣した者から真剣さを引き出し、王都に戻ってからの精力的な行動への誘導まで成し遂げておる。呆れるほど見事なものよ」

「講義の内容も素晴らしかったですわ。高度で難解なことを、とても分かりやすく教授していただきました。たった三か月で、驚くほどに知識と技能が身に付きましたわ」

「戻った者は皆、驚嘆に値する成長だ。命を発した余も、あれほど成長して戻るとは思っておらなんだ。技能もさることながら、人格まで格段に成長しておる」

「人格の成長が、アカリ様の目的に必要だったからです」

「余の命を遂行させるのに必要だったということか」

「いいえ、王命の遂行は目的ではなく手段です。この国に、魔導機器製造のための指導者、魔獣討伐兵の指導者、医療魔法の指導者を増やす。これらは全て、この国の民の幸福度を上げるための、アカリ様の布石です」

「自身の目的のために、余の命を利用したのか!?」

「お爺さま、アカリ様の目的は、国益に合致しませんの?」

「余の目的と同じだからこそ腹が立つ。公爵を通じて将来の危機を教え、公金を使って伴侶が治める町を作り、余の命を利用して公金で指導者を養成。全てあ奴の掌の上ではないか!」

「ですが、王宮の力であの町は作れますの?」

「…できん」

「フランツ様無しで運営は?」

「…できん」

「未来の指導者の養成は?」

「それもミシエラでしかできん。だからこそ腹が立つ。まるでこれがお手本とでも示されているようだ」

「お腹立ちの理由は分かりましたが、アカリ様とフランツ様は、婚姻を天が祝福されるほどの方々なのですよ。対抗意識など捨てて、習うべきではございませんか?」

「……ツェツィーまで、技能だけでなくその思考までも急成長させおったか」

「アカリ様には、物質の在り方、仕組みを知るための考察力、物事の考え方までお教えいただきましたから」

「そのような講義は依頼しておらんぞ」

「高度な技術を理解するために必要だったのです。あの講義を受けてから、受講生たちの理解力が驚くほど上がりましたから。ですがそのあと急に、疫病での王都封鎖の理由を考察させられたのには驚きました」

「なんだと!? どのように考察したのだ?」

「受講者たちに封鎖した場合としなかった場合のメリットやデメリットを考えさせ、その意見を基に未来を想定しました。結論は、王都を封鎖して諸侯から支援を受けたことで翌年の税収は激減しますが、地方にまで疫病が波及して国全体の労働人口が減り何年も税収が回復しないよりはダメージが浅いということになりました。この結果を見て、受講者たちはお爺様に尊敬の念を抱いていました」

「成人したての者たちに、重鎮たちと議論して出した方策を当てさせただと!?」

「正解でしたか。あの講義は、おそらくわたくしのためだったのでしょう。時々わたくしに視線を向け、理解できているかどうかを確認しているようでしたから」

「……渡り人が化け物に思えて来たぞ」

「ご安心ください。アカリ様はこの講義の理由を『人々が幸せでないと、自分だけのほほんと暮らせないから』とおっしゃっていました。いかにもアカリ様らしい、すばらしいお考えだと思いますわ」

「孫までたらし込みよったか!?」

「お爺さま、アカリ様を人とは見ない方がよろしいですわ。自分と比べてしまったら、絶対に勝てませんもの。あの方は、女神様が遣わされたわたくしたちへのお手本なのです」

「ツェツィーの言いたいことが分かる気がします。お婆様も、地位ではなくその知識をもって敬われていましたから。渡り人であるアカリさんも、別格として敬うべきなのでしょう」

「悔しいがその通りなのだろうな。女神様がわざわざ渡らせるほどの人物ということか」

「はい。見た目はおきれいな女性ですし、お人柄も大変親しみが持てる方なのですが、どこか浮世離れした部分をお持ちです。言葉にしにくいのですが、外見と中身が違うような感じを受けるのです」

「ツェツィーは本当によい観察眼を手に入れたようですわ。わたくしのお婆様は、渡り人となった際に新たな幼い身体を与えられたそうなのです」

「ああ! 内に秘めた魂が、こちらの世界の方とは違うのですね。ですから無意識に信奉してしまうのです。すごく納得できました」

「…異界の魂を持つ渡り人に対抗しようなどと言うこと自体がそもそもの間違いか。ツェツィー、よくそこまで成長してくれたな。余はうれしいぞ」

「えへへ、ありがとうございます」

「まあ! なんて可愛らしい反応なの。ツェツィー、抱きしめてもいいかしら?」

「はい、お婆様」

「…まさかその反応まで、教えられてはおらんよな?」

「教えられてはいませんが、アンジェリカ様やアカリ様が、時々なさっておいでです。すごくお可愛らしいですよ」

「……色々と、吸収しすぎだ」

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