王族さん、もうちょっと頑張ってよ

「父上、アカリとフランツの連名で、私宛に文が届きました」

「王太子宛にか?」

「文というよりは提案書でしたが」

「余が家臣を信じすぎて盲目になっていたせいで王宮内の腐敗を許し、シュトラウス領には多大な負担をかけたのに、また何か王宮はやらかしたか?」

「いいえ。父上は国王として臣下を信じる立場でいるのは当たり前だと。今回の不始末は陛下を支える我々の落ち度と指摘されました」

「どういうことだ?」

「国王というのは、臣下を信じ民のために働く象徴的存在だから、臣下を疑うようなことをしてはいけない。国王の周りにいる私たちこそが、国王のために露払いすべきなのだと。立場を考えてぼかして書いてはありましたが、要約すればそういうことでした」

「なるほどな。疑心暗鬼の王などでは、臣下や民はついて来ん。奸臣を廃するのは周りにいる者の仕事か。それで、何を提案された?」

「今回の件で発足される監査部の人事に、王宮の新規採用者を取り込めと」

「それでは仕事に不慣れで、監視の目としては表面しか見えんぞ」

「各部署に採用された新人で真面目な者を、秘密裏に監査部の目として働かせろと」

「外からではなく、中に目を置くのか。新人として入り込めば、疑われることは無いな」

「ええ。ちゃんと新人として働くわけですから、給金は各部署持ち。その上に監査員としての賃金を上乗せするだけだから負担も少ない。新人が忙しい部署に応援に回っても当たり前に思われるから、部署移動での違和感を感じられることも無いそうです」

「よく考えられておるな。だが新人が監査部に出入りするのを見られては、結局疑われるぞ」

「新人同士の交流として、月一で小さな飲み屋を貸切って飲み会をすればいいと」

「そこにお忍びで監査部の上司が行くわけか。緊急の報告は?」

「その飲み屋経由で、請求書が私の執務室に届きます」

「くくく。王太子が監査部に出入りしても、統括が王太子なら当たり前としか思われん。そして飲み屋で報告会か。王宮の役職持ち以上は町の小さな飲み屋などには行かん。まず気づかれないであろうな」

「宮廷の新人が王太子に会えるなど、まず機会がありません。たまには定例の飲み会に参加して交流を深めておけば、私が王になるころには信に足る中堅グループの出来上がりです」

「そうなれば、議会前の各部署の動きを事前に察知できる王になるな。そんな提案を出して来るとは、一体どこまで先を見越しておるのか…」

「誰しもアカリの能力の異常さを感じるでしょう。ゲルハルトもそうだったようで、アカリの直接聞いたそうです」

「答えは?」

「自分はこの世界より五百年は進んだ世界を生きていた。その五百年分の歴史を学習しているから、単に知っているだけだと」

「確かに五百年分も知っていれば、似た状況も多くあるだろう。だがアカリの本当のすごさは、状況を正確に分析して未来を予見し、周りにあるものを使って有利な方向に策を構築できる能力だ」

「たしかに、現状で打てる最高の一手を打って来ますね。そうすると、ツェツィーに王都での高度専門技能講習の統括をさせるのも、良い結果を生むのでしょう」

「そんな提案もあったのか。…どういう意図だ?」

「ツェツィーはいずれ王女となりますが、その時に我が国の王女の存在価値が、魔導機器によって経済大国になった我が国にふさわしい物になるだろう。だからツェツィーが望むなら、そうしてあげてほしいと」

「あくまでツェツィーの意思を優先するか。……引く手あまたになるだろうな」

「ええ。高度な専門技能を習得して戻った今でさえ、その価値が上がっているのです。その上で各貴族家の子女たちの師になるのですから、各家の支持は安泰でしょう。なんのためにミシエラをレベル上げ専用の町にしたんだと、小言が書いてありました」

「……王宮の、ひいては王族の権威を高め、国を治めやすくするために技能の伝授をこちらに預けたか。だが、出世を望まず辺境の代官夫人に収まったアカリが、なぜ国政に口を出す? 辺境に引き籠って静かに暮らそうとする者の行動にしては、おかしくないか?」

「その理由も書いてありました。監査部の件は、今後も国政が乱れれば今回のようにシュトラウス領にも飛び火しかねない。ツェツィーの件は、自分の弟子だから幸せになってほしいそうです」

「あくまで自分本位か!? 私欲の提案など蹴ってやりたいところだが、その策の有用性が高いだけに腹が立つ」

「私欲で動いているのに、公益になってしまっていますからね」

「その根底にあるのが、『他者が不幸だと自分がのほほんと暮らせないから』という気持ちか。アカリの私欲は、公益と同義ということだな」

「そうですね。あと、フランツから友人としての忠告が。『我が国は多方面に発展しているから、他国から妬まれているかもしれん。国外の動きに注意しろ』と」

「その発展の元はフランツの嫁ではないか! 嫁を守るために王太子を使うな!」

「ですが確かにその通りです。外務卿が愚かなことをしたために、新たな高い技能が我が国にあると国外に知れてしまいました。魔導機器と違って、魔法を使った戦闘技術や医療魔法はまだ国内に浸透していませんから、数少ない技能習得者を攫われては優位性が失われます」

「魔法を使った戦闘技術が広まれば、魔獣被害が減る。だがそれは、我が国の武力が上がると同義。医療魔法習得者が増えれば、死亡率はさらに下がるし障害を持つ者も仕事に復帰できる。つまり国力が上がるということだ。王命を達成した若者やツェツィーを守るためにも、国外の動きに一層の注意を払わねばならん。外務卿め、とんでもないことをしでかしおって」

「それに気づかなかった私は、王を支えるはずの者として深く反省せねばなりません。我が娘に対する危険性を上げてしまったのですから」

「焦ってやって来たのはそのせいか。シュトラウス領からの文は、ありがたいが恐ろしくもあるな」

「シュトラウス家が親王族派で、本当に良かった。もし以前あった貴族派にいたらと思うと、背筋が凍ります」

「そのシュトラウス家を、今回は怒らせてしまったからな。それでも幕引きはこちらを立ててもらい、さらに利のある提案までされた。ここで奮起せねば、天から祝福を得た二人に見放されてしまう」

「はい、それは神に見放されることと同義かと。ですから、心して精進します」

「この奮起する気持ちすら、織り込み済みなのだろうなぁ…」

「それでも私たちはやらなければならない。私はあの二人の掌の上で踊るのではなく、神の掌の上なのだと思うことにしました」

「そう考えれば、腹も立たんか…」

「……はい」

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