精霊の森へ
「アカリ様、この背もたれが倒せるソファーは画期的ですね。後部座席と繋がって、まるでベッドみたいです」
「私は案を出しいただけで、あとはヴォイツの職人さんたちが頑張ってくれました」
「箱馬車だと足を曲げて丸まるように眠るので、かなり窮屈です。このサイズの魔導車で足を伸ばして眠れるなら、車中泊でも快適です」
「前の世界にはあったから、私は真似しただけ。それに、四人乗りなのに二人しか寝そべれないけどね」
「他国の王族の話ですが、わざわざベッドを乗せた箱馬車を一緒に走らせると聞いたことがあります」
「寝ながら進めるのは便利かもね」
「この魔導車だって、運転者じゃなければ横で眠れますよ。しかも『えあこん』で快適な温度にできるなんて、暑い国や寒い国からすれば、夢のような魔導車です」
「それも前世の真似っこだから」
「便利さと快適さを追求したような世界ですね」
「私がいた国は特にその傾向が強かったね。食べ物も、美味しくて長持ちするもの作るのに根性入れてた気がするよ」
「アカリ様の『にほんしょく』は、美味しいものばかりです」
「でも、どれだけ頑張っても他次元庫には勝てないんだよね。いつでもどこでも作りたてが食べられるなんて、あり得ない便利さだよ」
「そうですね。アカリ様に他次元庫を教えていただいてからは、荷物の苦労がなくなりました」
「うん、魔法ってすごいよね。空まで飛べちゃうんだから」
「…私はあまり魔法で飛ぶ練習ができていません。アカリ様の住む場所まで、飛んで行けるでしょうか?」
「あ、それは大丈夫。私は神気で飛ぶから、フィリーネを魔力で飛ばすよ」
「そんなにもお力を使って大丈夫なのですか?」
「神気って、飛ぶことや生命維持なんかに特化してるみたいで、魔力で飛ぶよりかなり効率いいんだよ。初級精霊クラスの神気でも、多分1,000km以上飛べるから。それに私の魔力はとんでもない量だから、フィリーネ一人を精霊の森まで飛ばしても、きっと一割も減らないよ」
「…私はやはり、本当の精霊様にははるかに及ばないのですね」
「私の場合は特殊だから。それにフィリーネは外見が若々しくなり過ぎないように、精霊の果実を食べるの少なくしてたでしょ。今日から毎日食べれば、神気もしっかり増えてくって」
「……三食精霊様の果実なんて、両親が聞いたら卒倒しますね」
「ご両親って、まだ生きてるよね?」
「年齢的には存命のはずです」
「じゃあフィリーネが初級精霊になったら、里帰りしようか?」
「…会いたいですが、私は里を追放された身ですから、両親に迷惑が掛かります」
「だから初級精霊になってからなんだよ。エルフって、人族以上に精霊を崇めてるんでしょ? 精霊がエルフの里に来ることってなかったの?」
「たまにありました。…みんな平伏して迎えます」
「平伏されちゃうねぇ」
「里を追放された私ですよ!?」
「でも、もうすぐ精霊じゃん」
「……帰ってもいいのでしょうか?」
「こっそり帰っても、長くいるのはまずいかもね。里帰りしてるのが欲張りな王族あたりにバレたら、『里のエルフなら、精霊の果実を寄こせ』とか命令して来そうだもん」
「里を追放された時点で、私は里の者ではありませんよ?」
「そういうことを平気で言うような奴らだから、いくら精霊の果実を食べても精霊化できないのよ。無茶言ってきたら、精霊の実力を見せつけてぶっ飛ばしてやればいいんじゃない?」
「…王族をぶっ飛ばしてもいいんですか?」
「いいでしょ。そういう存在になるんだから」
「……」
「あ、それとひとつ忠告。もうフィリーネは精霊になりかけてるんだから、精霊に様付けは止めた方がいいよ。自分に様付けしてほしいのかと誤解されて、傲慢だと思われかねないから」
「それは……。頑張って付けないようにします」
「傲慢になっちゃダメだけど、自分の立ち位置は正確に把握した方がいいよ。あとさ、もう同じ精霊になるんだから、私への様付けも止めようよ」
「ヤです!」
「なんで!?」
「…アカリ様、改めてお礼を申し上げます。もう二度と両親には会えないと覚悟していましたが、アカリ様のおかげで希望が見えてきました。こんな機会をもたらしていただいたアカリ様を、呼び捨てになんてできません!」
「それ、フィリーネが百五十年も頑張って来たから見えた希望だよ。私は人間社会をうろついてただけなのに…」
「私は百五十年も人間社会を渡り歩いて来ました。ですが、人間社会で精霊さ…精霊に会えたのはアカリ様が初めてです。アカリ様が人間社会の中で生活していなかったら、出会うことさえできなかった希望なんですよ。だから絶対様付けはやめません!」
「そんなぁ…」
ぐぬぬ、フィリーネの説得に失敗した。
私ってば公爵家の養女になってからは、周りからほぼ様付けで呼ばれてたの。
なんか様付けされると、自分じゃない人を呼ばれてるみたいで馴染めなかったんだよね。
様付けやだー。
夜明け前に魔導車仕舞って二人で飛び立ち、山脈を超えました。
やがて夜が明けて、遠くにこんもりとした巨木の森が見えて来た。
あれは精霊の森だ。
よし、私は帰って来たぞ!
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