いよいよお別れ

翌朝目覚めたら、なんとアンジェリカがぽやぽやしてた。

『抱っこ』って言いながら私やマーガレーテに抱き着いて来るので、可愛くて仕方なかったよ。


マーガレーテはぽやぽやしてなかったから、ぽやぽやアンジェリカを見て相好を崩してた。

ね。ぽやぽやはすごく可愛いでしょ?


「…マギー姉様の言う通りだった。これ、すごく恥ずかしい」

「あぁ、アンジェリカのぽやぽやが終わってしまった…」

「お姉様、そんなに残念そうなお顔をしないであげてください。わたくしも我慢しているのですから」

「ううぅ…。私としては激烈に可愛いアンジェリカが見られてうれしかったんだけど、アンジェリカは恥ずかしかったんだね。ごめんなさい」


アンジェリカがちょっぴり涙目になってたので、慌てて謝った。

激レアなアンジェリカのぽやぽや見れたけど、心の中だけに記憶しておくことにしよう。



みんなで身支度を整え、喫茶店モーニングメニューを作って朝食。

さあ、旅立とうか。



防護壁の大門前に行ったら、もうコリンナとフィリーネ、ブリジットが待ってた。

ブリジットはアンジェリカのお迎えだね。


私がマーガレーテと私の魔導車を二台出し、その横で改めてお別れのハグ。

ああ、すごく名残惜しいけど、行かなきゃダメだ。

ずるずるしてたらどんどんお別れが辛くなっちゃう。


根性で我慢して、笑顔を作ってお別れ。

泣き笑いのアンジェリカが、愛おしくてたまらない。

でも、ここで泣いちゃったら、必死に笑顔を作ってるアンジェリカの決意を無駄にしちゃう。

だから魔導車に乗り込み、フィリーネに頼んで魔導車を出してもらいます。


窓から身を乗り出して手を振って、見送るアンジェリカが小さくなっていくのを見つめ続けました。


やがて分かれ道に差し掛かり、ここでマーガレーテともお別れです。

無理に並走して手を振り、分岐で左右に分かれました。

私とフィリーネは魔導車で西へ、マーガレーテとコリンナは東に旅立ちです。


あかん。泣きそうだから他ごと考えよう。


マーガレーテのお付きが侍女ひとりだけだと危なく見えるけど、コリンナは女性騎士上がりだし、レベルアップツアーにも時々参加してたから中堅騎士並みに強くなってる。


マーガレーテなんて盾魔法何時間も張れるから危害を加えられること自体が無いだろうし、いざとなったら足場作って空中に上がれる。

しかも飛剣魔法まで使えるから、小規模な魔獣の群れ程度は充分に殲滅可能。

はっきり言って、護衛なんて足手まといなんだよ。


この後一か月ほどしたら、私とフィリーネに扮した女性二人が護衛付きで領都を旅立ち、王都南の港町まで行きます。

そこで変装を解けば足取りが追えなくなるから、私とフィリーネが海外行きの船に乗ったとミスリードさせられるはず。

これで、私とフィリーネの雲隠れは完了です。


「アカリ様、大丈夫ですか?」

「ちょっと困った。他ごと考えてるのに勝手に涙が出て来るの」

「分かります。私も親しい人たちとの別れを繰り返して来ましたが、何度繰り返しても慣れませんから」

「いやはや参ったね。私ってば精霊なのに、人として過ごしてるうちに感情が人に戻っちゃってたよ。死別じゃないのにこれじゃあ、これからいっぱい人を見送らなきゃいけないのに、ちゃんと耐えられるかな」

「アカリ様は、愛情が深すぎるのだと思います。アカリ様がアンジェリカ様やマーガレーテ様に向ける愛情は、本当の家族以上のように感じてしまいます」

「いつかは見送らなきゃいけないと思うと、どうしても今のうちのとか思っちゃうんだよね」

「今の私とは真逆ですね。私はお別れするのが前提だと考えるようになって、親しくなるのが怖くなりましたから」

「精霊としてはそれが正解なのかも。私は、あまり長く人の社会にいちゃいけない気がするよ」

「エルフや精霊様たちが人間社会にほとんどいないのは、そういう理由かもしれませんね」

「そうかもね。精霊の知り合いたちも、私が精霊化するまでは名前呼びしてくれなかったから」

「寿命ある者とは親しくなりたくはないのでしょうか」

「そのあたりの線引きをきっちり作っておかないと、精霊としてはやっていけないのかもね。しばらく精霊の森に籠って、考えを精霊基準にしなきゃ」

「…私は、精霊様たちに受け入れてもらえるかどうか不安です」

「精霊化しかかってる子を連れてくって事前に念話で伝えたら、人を精霊化させちゃったのかって叱られたよ。誤解はすぐに解けて、中途半端な状態は可哀想だから連れて来いって言われたけどね」

「私って、長いこと中途半端なままだったんですね。アカリ様に会ってはじめてそのことを知って、生きづらかった理由が分かった気がしました。自分がエルフだからと思っていたのですが、それ以上に人との時間がずれてたんですね」

「そこだよねぇ。私は人から精霊になったから、感覚のずれが大きかったもん。割と最近って言ってるのに百年くらい前とか、言葉の時間感覚合わせるのに苦労したよ」

「ああ、それは人間社会に出たころに度々感じました。数か月前に会った人に久しぶりと言われて、感覚が違うんだと実感しましたね」

「私、二年で精霊に感覚が近付いたはずなのに、一年すら人間社会にいなかったのに人時代の感覚に戻っちゃってたから」

「今は私も人の感覚に近いので、慣れるのに苦労しそうです」

「うん。数年は精霊たちと生活しないと慣れないかもね」

「…もうすぐ、他の精霊様たちともお会いするんですよね」

「やっぱり不安?」

「アカリ様は元人間なので、私とも感覚が似通ってると思います。ですが元から精霊様として生まれた方や樹木の精霊様の感覚について行けるのだろうかと、少し不安があります」

「私は他の精霊から、慣れる時間もたっぷりあるから大丈夫って言われたよ。それに、自分と反対の考えに染まるんじゃなくて、時間感覚を修正するだけだから抵抗感は少ないと思うよ」

「ああ、そう言われると気が楽になりますね。ところでアカリ様、私は道を知らずに魔導車を走らせてますが、このまま走っていてもいいのでしょうか?」

「うん、あの山脈方向に走ればいいよ。日暮れになったら野営して、明け方前に飛ぶから」

「はい、分かりました」


その後は、田舎のガタガタ道をスピードを落として走り、たびたび休憩したり運転を替わったりしながら山脈を目指しました。

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