ぽやぽやマーガレーテ

川が少し深くなってる場所があり、川の水がエメラルドグリーンに見える河原に降りて、ここでピクニックすることにしました。


「コリンナ、多分あのワイン事件ですわよね?」

「…はい」

「何それ? 聞いてもいいの?」

「ええ。二年ほど前ですけど、わたくしがパーティーに出席した折に、他の出席者の持っていたグラスの赤ワインが、わたくしのドレスのスカートに掛かってしまったのです」

「偶然を装ってはいましたが、あれは故意です。わざわざ後ろから近付いて無理に人にぶつかったように見えましたから」

「それで、お母様とお揃いでしつらえたドレスを汚してしまったのです」

「うわ、そういうのあるんだ。嫌だねぇ」

「あの時は、侍女として本当に悔しい思いをいたしました。ですから魔法でドレスを洗うことができたらと思ったのです」

「あー、それってもう絶対に起きないよね?」

「はい、桶で赤ワインを掛けられても無理ですわね」

「え、どういうことでしょうか?」

「見た方が早いね。マーガレーテ、いくよ」

「はい、どうぞ」


スイカサイズの水球を作り、マーガレーテに向けて発射。

思いっきり水が掛かったように見えるけど、マーガレーテも服も、全く濡れてません。


「え? 完全に水が掛かったように見えましたのに…」

「身体や服の周りに盾の魔法を沿わせているのです。ですから、たとえナイフや矢が飛んで来ても、わたくしどころか服にさえ触れられませんわ」

「お嬢様、いつのまにそのような魔法を…」

「お姉様に教えていただいたの。アンジェリカもできますわ」

「うん、私もできるよ。ほら」

「え!? アンジェリカ様が空中に浮いて…」

「違うよー。台を作って乗ってるだけ。こうしないと、エルのおむつ替えられないの」

「偉いねアンジェリカ、おむつ替えるのも手伝ってるんだ」

「だって私、エルのお姉ちゃんだから」

「アンジェリカ様、すごいです! 私は弟のおむつを替えたことなんてございませんのに」

「えー。おむつ汚れてると泣いちゃうよ?」

「アンジェリカ、貴族家では乳母が赤ちゃんをお世話することがほとんどなので、兄や姉がおむつを替えることは、まず無いと思いますわ」

「そうなの? 赤ちゃん、すごく可愛いのにもったいなくない?」

「アンジェリカ様、不敬ですが抱きしめさせてください」

「え? いいけど、なんで?」

「ああ、尊い…」

「アカリ姉様、なんで?」

「それはね、アンジェリカがすごい頑張り屋さんで優しい子だから、みんなアンジェリカの事が大好きで抱きしめたくなるんだよ。アンジェリカも、エル君の事ぎゅってしたくならない?」

「なるけど、赤ちゃんにはそっと触らないとダメなんだよ?」

「そうだね。でもアンジェリカは赤ちゃんじゃないから、ぎゅってしたくなるの。昨日も、私とマーガレーテがいっぱいぎゅってしちゃったでしょ」

「姉様たちにぎゅってされるのは好き。なんだかうれしくなるの」

「ふぐっ。…コリンナ、そろそろ替わってください。次はわたくしの番です」

「…昨日さんざんそうなさったのでは?」

「昨日は昨日です。今日はまだ抱きしめていませんわ」

「今朝はアンジェリカを抱きしめて、頬擦りしてたよね?」

「お姉様! 恥ずかしいことをバラさないでくださいまし!」

「マーガレーテ様は、寝起きがいつもお可愛らしいのです。ぽやぽやしたマーガレーテ様のお目覚めは専属侍女である私だけの特権でしたのに…。アカリ様、明日からご起床をサポートさせてください」

「コリンナは休暇中ではないですか!」

「ぽやぽやのマーガレーテ様がアンジェリカ様を抱きしめてお起きになるお姿なんて、ウサギさんのぬいぐるみと一緒にお休みになられていた頃より尊いではないですか!」

「コリンナ! 何をバラしていますの!?」

「あー分かる。寝ぼけてるマーガレーテは可愛いし、寝ぼけてたことに気付いて恥ずかしそうにするマーガレーテも可愛いんだよねぇ」

「お姉様まで!?」

「マギー姉様は、いつも可愛いよ? 起きる時は、甘えてる猫さんみたいでもっと可愛いけど」

「う、アンジェリカまで…」

「アンジェリカ、マーガレーテの寝起きが猫さんみたいなのは、ここにいる私たちだけの大切な秘密なんだよ」

「あ、そうなんだ。母様やブリジットに教えてあげたかったけど、大切な秘密なら内緒にするー」

「これは…。わたくし、助かったのでしょうか…」

「ごめんねマーガレーテ。マーガレーテの寝起きがあまりにも可愛いもんだから、つい知ってる者同士で共感したくなっちゃって。マーガレーテは私やアンジェリカを可愛いって言うけど、マーガレーテもしっかりお仲間なんだよ」

「…お姉様やアンジェリカの気持ちが、よく分かりました。可愛いと言われると、恥ずかしくて否定したくなりますわね。貴族同士のおべっかなら聞き慣れているのですが、お姉様やアンジェリカに本気で言われると、かなり恥ずかしいですわ」

「可愛いと恥ずかしいの?」

「え~っと…。お姉様、言語化しにくいです」

「ありゃりゃ。そうだねぇ…。アンジェリカは、可愛いもの好きだよね?」

「うん、大好き」

「だからね、可愛いって言われると、大好きって言われるのと同じ事なの。うれしいけど、こそばゆいんだよ」

「こそばゆい?」

「気持ちがこそばくて、悶えそうになるの」

「あ、分かったかも。こそばくてうねうねしちゃいそうになると、うれしいけどちょっと恥ずかしい」

「大人に近付くと、うねうねしてる人いないでしょ。だけどうれしくてうねうねしちゃいそうになるから、かなり恥ずかしいんだよ」

「ふぅ~ん」

「え、今の説明、合ってますの?」

「アンジェリカも成長すればちゃんと分かるんだから、今はそれでいいんじゃない? 子どもは可愛い(大好き)って愛情を向けられて育つのよ」

「まあ、そうですわね」

「じゃ、バーベキューの準備しようか」

「はい、おなかが空いて来ました」

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