マヌエラ 2/2

「……」

「その沈黙は何なの?」

「攻撃魔法の使い方と、習得方法を教えていただきました」

「なあっ!?」

「お祖母様にそのような表情をとらせるなど、薬師殿はやりますね」

「取り乱してしまったわね。ですが、私の驚きをあなた楽しんでいますね?」

「私ひとりが驚くのは不公平かと思いまして」

「…すでに体験済みですか。しかし、本当に攻撃魔法が可能なのですか?」

「今まで失敗していた理由を聞いて、得心しました。おそらく可能です。しかも現時点で攻撃魔法を使える可能性が最も高いのは、アンジェリカです」

「……薬師殿はアンジェリカをそこまで育てておきながら、なぜ攻撃魔法は伝授していないの? 習得方法はあなたに教えたのに?」

「先にアンジェリカに、相手を傷つける覚悟を教えろと」

「…頭がくらくらしてきたわ。つまり薬師殿は、宮廷魔導師になれるほどの可能性をアンジェリカに与えながら、覚悟を教えるのは家族の責任と言っているのね。その薬師殿の道理を見通す力、すでに賢者クラスよ。平民と言いながら、あなたが敬ってしまって時々敬語が出るのも仕方ないわね」

「そうですね。他の方に薬師殿のことを話すと、どうしても敬う気持ちが零れてしまいます。ご当人と話す時は大丈夫なのですが…」

「…普通逆ではなくて? 当人を前にすれば、その偉大さを感じてしまって無意識に敬ってしまうでしょうに」

「それが、私と話す時の薬師殿は、公的な場所や状況以外は平民言葉なので、すごく気安いのです」

「…あなたの素性は知っているのよね?」

「はい。公爵家の三男と」

「そう知った上で平民言葉で語りかけるということは、あなたを上位者と思っていないと言うことよ」

「そうでしょうね。私も平民言葉で語りかけられた方が安心します。ですが、公的な状況ではきちんと上位者として扱って頂けますし、愚か者を叱責する場合などは私を上位としながら下位者を叱責する言動も可能。さらに愚者を誘導し、領主家への不敬発言まで引き出してしまう有能ぶり。そしてその場の状況判断だけで内偵工作まで見抜き、理解したと私に暗喩で伝えてきます」

「何よそれ…本当に目眩がしてきたわ。とんでもない能力をお持ちなのね。しかも下位者を叱責する言葉遣いができるなんて、相当上位の出身よ。さらに相手を誘導して嵌めることまでできるのは、上位貴族の当主クラスでしょうに」

「アンジェリカを治療する際、薬を作る場合もできるだけ当家の物を使い、わざわざ手元が見えるように調薬し、できた薬は自身が飲んでから侍女にも飲ませ、吸い飲みに移す際もすべて侍女に任せる。宮廷医並みの気の使いようを、ごくごく当たり前に行っていましたよ」

「……素性の詮索をしたら、恐ろしいことになりそうね。あなた、良く詮索を堪えたわね」

「何度も言われましたから。素性不明の平民の薬師だと」

「予防線というより、まるで危険を教えてこちらを止めているようね。あら、待って。さきほど『その場の状況判断だけで』と言った?」

「もう笑ってしまいますよね。突然執務室に連れてこられて、何の打ち合わせも無しに私が望んだこと以上の結果を出す。会話能力だけでなく、医師以上の知識と治療技術、卓越した魔法技術指導、魔獣討伐不要のレベルアップ、おとぎ話のはずの攻撃魔法習得知識、そして渡される薬はどれも効果の高いものばかり。これほどの能力を持ちながらも、医師や薬師のいなくなった町に住民のために残り、子どもの精神的負荷にも気を回す。いったい何なんでしょうねあの人?」

「……“誰”ではなく“何”ですか。そう思えてしまうほどの存在ということね」

「あ、最後にもうひとつ。薬師殿、十六歳と言っていますが、愛らしい少女にしか見えませんよ」

「……あなた、わざと容姿の情報を最後にしたわね。髭を生やした大賢者の御老体のイメージが吹き飛んだわよ!」

「さようですか」

「……何なのですか、あなたのその余裕。少し見ないうちに、ずいぶんとたくましくなったものね」

「この一ヶ月は驚きの連続で、多少のことには動じなくなってしまいました」

「…わたくしが聞いただけでもこの驚きです。よく実際に見て耐えられましたね」

「体力だけは自身があるもので」

「…体力ですべてを解決するのは、どうかと思うわ」

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