君に会いたい

神楽

君に会いたい

 「おはよう」から始まり、「おやすみ」で終わる、僕らの毎日。

朝起きて、ご飯を食べて、歯磨きをして、準備をして、一緒に家を出る。昼はお互い頑張って、時々メールをする。早く帰ってきた方がご飯の準備をして、一緒にご飯を食べる。順番でお風呂に入って、それぞれの寝床へ。それだけでよかったのに。

 なんで君はいなくなったの?

 ある日、君の帰りが遅くなったんだ。珍しかったから、何度も電話をかけたし、メールもした。

 やっと帰ってきたと思ったら君は一言。

「飲み会行ってきた!」

「はぁ!?僕があれだけ待ってたのに飲み会行ってきたって!?信じられない。遥ってそんなことするんだね。もういい。僕はもう寝るね、おやすみ」

「ちょっとまってよ璃玖くん!」

「うるさいなぁ。浮気紛いなことしといてその態度?知ってるよ、今日男の人と歩いてたでしょ」

「いや、それは……」

「ほら黒じゃん。もういいよ、寝るから。話しかけないで」

「もういいよ!璃玖くんがそんなんだったら私出ていく!」

「あ、そう」

次の日、いつも通り僕が「おはよう」って言って、君が「おはよう」って返してくれる。そんな朝なはずだった。でも君はいなかった。「おはよう」って笑顔で返してくれて、「朝ごはんできてるよ」ってにこにこしながらテーブルで待ってる君も、「璃玖、早くしないと遅刻だよ」って急かしてくれる君もいなかった。

 一緒に住み始めて3年。君が帰って来ないなんてことは初めてだった。昨日少し喧嘩をしただけなのにと思いながらも、焦りすぎて朝ごはんを忘れたり、会社に遅刻したりするくらいには動揺していたと思う。

 会社でも、動揺が隠せなくて仕事に手がつけられなかった。

「秋山ー、大丈夫かー?」上司に心配されても、「おい秋山、飲み行こうぜ!」珍しく同僚に遊びに誘われても、何もできなかった。「君がいない」たったそれだけのこと。でもそれだけじゃない。僕にとって君はとても大事な「ナニカ」だったんだ。

 遥、君はどこへ行ったの?

 君がいないというだけで、僕はとても変わったと思う。体重も君がいた頃より10kg減ったし、もともと少なかった口数も、一日一言あるかないかくらい。

 君のご飯はおいしかったから、コンビニのご飯じゃ何か物足りなくて、気づいたら食べなくなっていた。君となら楽しかった会話も、君がいないなら楽しくない。

 周りから見ても僕は相当やつれていたんだろう。上司や同僚に心配されるし、挙げ句の果てには近所の犬からも心配されるようになった。

 僕はそんな毎日が嫌になって、会社を辞めた。もともと楽しくなかったから別に気にしない。そうは思うが、やっぱりお金がないと何もできない。君と住んだ部屋が無くなるのは嫌だ。思い出も、あの肌の感触も、あの優しい声も、全部忘れてしまいそうだった。

君がいなくなって半年。僕は君を捜し始めた。

 ポスターも作って、警察にも届け出て、思い当たるところはすべて捜した。

 警察は取り合ってくれなかったし、ポスターの電話番号にも電話は来なかった。思い出の場所にもいなかったね。

 僕は信じて待ち続けたんだ。


 次の日、朝起きて着替えようとしたら君がクローゼットにいたんだ。壁に寄りかかって座っていた君を僕は引き寄せて抱きしめた。

「とても心配したんだよ。クローゼットの中に隠れなくたっていいじゃないか。でもよかった。君が見つかって」

「ふふ、見つけてくれるのを待ってたよ」

 君が全然立たなかったから、僕は疲れてるのかと思い、ベッドに運んだんだ。僕は君が見つかったことがとてもうれしくて、君といっぱい話をした。いっぱい話して疲れたから、君と久しぶりにベッドで寝たんだ。

 いつもぽかぽかしていたはずの君の体が冷たくて、僕は言った。

「冷たいね、遥」

「当たり前じゃない」

 すっかり冷えてしまった体を暖めるように、もう一度ぎゅっと抱いた。もう遥を離したくない。そんな一心で僕はこう言ったんだ。

「君をもうどこにも行かせたくない。愛してるよ、遥」


12月中旬、遥の誕生日。せっかくだから実家に行こうってことで、サプライズ訪問。せっかく娘が来たと言うのに、なぜか遥のお母さんは悲しそうな顔をしていた。

「どうしたんですか?」と聞くと、遥のお母さんはぽつりと話し始めた。

遥のお母さんが話し始めた内容は、信じたくないものだった。

「璃玖くん。もう遥はいないでしょ?」

「え、?」

「いや、僕は彼女と一緒にいるじゃないですか!その証拠だってあるじゃないか。嘘を吐かないでください!!遥がいつ、いなくなったって言うんですか!?遥は隣に、!遥は、大事な僕の恋人なんです。遥っ、遥っ!」

僕は隣にいる遥に抱きついた。

「ほら、遥はいる!いないんだったら僕が今抱きついてる遥は誰なんですか!?」

「落ち着いて、璃玖くん。遥はもう天国にいるの。1年前、遥は事故でこの世を去ったのよ」

「はっ、?」

――ああっ、あああああああっ!

「あぁ、そうだ。遥は、もういない。あのとき事故でっ」

 忘れたいけど忘れられない、そんな記憶が僕の頭に次々と、鮮明に刻まれていく。遥は、もういない。僕のせいだ。あの時の記憶がフラッシュバックする。出て行ったあと、急いで追いかけた時に聞こえた、焦った人の声、救急車の音、最期に笑った君の顔。

「璃玖くん、お誕生日おめでとう。プレゼント。私の血で汚いね。ふふっ、ごめん。そんな顔しないで」

 あぁ、そうだ、そうじゃないか。僕は、君の笑う顔が大好きだった。そして、その日は僕の誕生日だった。だから、あんなに隠していたんだね。僕はネックレスについているトパーズを握りしめた。

全部思い出した瞬間、遥が薄くなっていったんだ。

「よかった、璃玖くん。思い出してくれて。大好きだよ」

「僕もだよ」

 今までありがとう。僕はこのことも、君のことも一生忘れないよ――

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